がら振返って)おい仙太、おぼえているがええぞ!
仙太 ご念にゃおよばねえ。しかし旦那、そんな具合で自由党征伐の加勢をすりゃ、何か得のいくことがありますかね? (これに対して平松何か返答しようとするが、他の九人がすでに見えなくなっているのに気づいて、えらい形相をして舌打ちをしたまま、踵を返して右手へ走り込んで行く……間)
段六 あんだい、ありゃ?
仙太 アハハハハ。
滝三 だども……平松の旦那にあんねなこと言うてもええのかあ、お父う?
仙太 ふん。ああに、あれでええさ。アハハハ。(段六の耳に口を持って行って)段六公、平松の旦那ちの地所《ぢしょ》は、どれぐらいあったかなあ?
段六 平松かあ? そうよ、きょうび[#「び」に傍点]では、三十町はくだるめえて。この辺一帯、微碌旗本の田地で荒れ放題になっていた奴ば、二足三文で買いしめた上に、その後、金ば貸しちゃ、借金のかた[#「かた」に傍点]流れで大分手に入れたかんなあ。御一新前から平松の旦那といやあ剛腹で鳴らした金貸しだあ。いまにロクな目にゃ会うめえて。だが、なんだぞう、仙太公、旦那衆にタテえ突いちゃ、此方が損だぞう!
仙太 (笑って)段六公の馬鹿野郎。
段六 あんだとう?
仙太 あべこべだ。黙っていれば損をすっからタテえ突くだ。地主と小作人が仲好くすっことあ未来永劫ありはしねえとよ!
段六 よく聞こえねえ。そいったもんだろかい。アハハハハ、さ、やろうか。
仙太 やろかな。(三人田へ入りかける)
段六 (仙太郎の肩を笑ってこづきながら)仙太公、いまあ、えら、いばったぞう! 久しぶりに、筑波以来の斬られの仙太だべえ。うふん、こら、お妙さに見せたかったてえ!
仙太 (これも笑いながら段六の肩をこづく)あによして! 鍬を握って構えたなあ、誰だっけかよ? 真壁段六公、耳は遠くなっても、腕に年は取らせねえてね!
段六 アハハハハ、何をいうだい、阿呆め! (二人は互いに肩をこづきながら稲田に入り、笑いながら仕事にかかる。)
滝三 お父う、だども、普門院の方が、あんだか騒々しいが、あれで全体――。
仙太 ええて。放っとけ。立っていねえで、黙って仕事だ、仕事だ。(滝三も右奥を気にしいしい田に入る)
段六 滝、お咲坊のことが心配かの?
滝三 あによいうだい、伯父さ! こん野郎!
[#ここから3字下げ]
(三人笑いながらかがみ込んで泥掻き。……間。静かである。右奥遠くで微かに人々の罵り騒ぐ声々。稲の中から立ち上る滝三)
[#ここで字下げ終わり]
滝三 (右奥遠くを眺めながら)……お父う、何だか変だ。……(誰も返事をしないので)お父う、んじゃ、鎮守さんへ行くのか?
仙太 (声だけ)うむ、そうしべえ。
滝三 普門院へも皆で行ぐのか?
仙太の声 あれは、俺一人でもよかろうて。(水の音)
段六の声 滝、あによ突立っているや? (いわれて滝三もしゃがみ込む。三人の泥掻きの水音。静かだ。――永い間。
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段六が手を動かしながら、ヒョイと唄い出す田植唄。ドーマ声。自分では唄の積りなのだが、抑揚があまりないので、トボケて聞える。『はあああ……腰のう、痛さあよう、……五反田のう、長さあああ……』突然右奥遠くで何かが爆発する、えらい響。バーン、バーン、バリバリときこえる)
[#ここで字下げ終わり]
滝三 おおっ! (思わず立つ。段六も仙太郎も手を動かすのを止めたらしい。やがて二人とも立ち上る)
段六 こら、仙太公! 俺の前に掻いている奴が、いきなりへ[#「へ」に傍点]をひ[#「ひ」に傍点]るとは、こん野郎!
仙太 ……うん、アハハ(段六の耳へ口を持って行き)段六公! 今年の芋は、まったくできのええ芋だてことよ!
段六 野郎め! アハハハハ、こら! アハハ、やれどっこいしょ。(再びしゃがみこむ。)
仙太 アハハハ。何をするやら。滝! (これもしゃがむ。段六の唄の続き『……夏のうう、……土用ううのう、……日のう、長がさあああ……』
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(滝三も仕方なくしゃがんで働きはじめる。
永い間。
静寂。水の音)
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き](幕)
[#地付き](一九三三年)
底本:「叢書名著の復興1 恐怖の季節」ぺりかん社
1966(昭和41)年12月1日第1刷発行
初出:「斬られの仙太」ナウカ社
1934(昭和9年)4月
※ト書きの字下げの不統一は、底本通りにしました。
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年9月4日作成
2010年2月4日修正
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