ばしてくれと申されるばかりで、どうもはあ、しょうねえて。どうしたもんだろか、仙太郎さ? 折入って相談ぶつがねえ?
乙 何とかいうておくれよ、仙太郎さ、どうしたもんだろか? え、仙太郎さ?
仙太 村の衆に相談して見たのけ?
甲 そりゃ年寄連に話して廻って見たけんどさ、どうというて何とも考えがつかねえ。
仙太 んでは、あんた等あ、どうしようと思うているかね?
乙 そ、それがハッキリしているぐらいなりゃ四方八方、こうしてお前さんば捜して歩きやしねえて! 役場にも村長さはじめ人っ子一人いねえものを! どうしたらええか、仙太さ?
仙太 そいで、村の米味噌出せっかね?
甲 そりゃ、出せるうちもあっし、出せねえうちもあろうが、まず大概出せめえ。出来秋までヤット食いつないで行くうちが十軒の中の九軒までだかんなあ。楽に出せりゃ、ああに、出しもしべえさ。困るのはそこよ。
仙太 んではハッキリしてら、ことわったらええに。困るこたあねえて。ことわりな。
乙 そ、そ、そんねえにアッサリ行けば、こ、こんな苦労しねえ。出さなきゃ何をされるか、わかりゃしねえ。あんでも山のように爆裂弾ば持っているというだから。ひとつ、ようく、村一統のためを思うて考えてくんろて、仙太郎さ!
仙太 んでは、放っとけばええ。
甲 弱ったなあ、どう言えばわかるんかのう。先方では、まずこういうだよ。自分等はもともとお前等貧乏な人民のためを思って立ったのじゃ、第一に近頃益々ひどくなりよった税金のことば考えて見ろ、政府では何だかだと理屈をつけるが、つまりが自分等の権力ば増すために使おうというのじゃ、そいから、いまのような選挙法では下々《しもじも》の意見はどこにはけ[#「はけ」に傍点]口があるか? 怪しからんのは、徴兵法も、保安条例も、一切合財じゃ、これを貴様達になり代って改正してやろうというんじゃから、そこを考えて見ろ、とこうじゃ。言われて見れば、此方は何が何やらよく理屈はわからんし、とんかく、弱ったて!
仙太 俺にも、ほかに智恵はねえて!
乙 そ、そんなこといわねえで、この通り村一統になり代って頼むからよ、仙太さ!
甲 全くだ。お前に、どうしても出て貰わねえと、どうにもはあ――。仙太郎さあよ!
仙太 よし、じゃ、俺、ここん泥掻きばすましてから、普門院さ行くべ。
甲 ありがてえ! じゃ、ま、そうして――。
仙太 そん代りに、その前に村の衆と相談しねえじゃなるめえから、すぐに皆の家から男ば一人づつ、そうさ、鎮守さんに寄合っていて貰いてえ。ほかにも話してえこともある。
乙 んじゃ、この足でわし等|布《ふ》れ歩くべえ。頼んだよ、仙太さ!
仙太 アハハ、ああに、俺の見当じゃ、ここん泥掻きがすまねえうちに、ことあ一人手に済んでるだろうて。自由党もいつまで普門院におれる訳でもあんめえ。貧乏な人民のためだなんど、いうことだけは結構だが、またぞろダシに使う了見だ。わかってら、あにが出来るもんだ。佐平どんも五郎さもよく聞きな。法律がどうのこうの、政府がどうのこうの、早い話が国税や県税や村税から、年貢米一切合財、こうやって現にそいつで四苦八苦している俺達五反百姓が自分のことを考えてる程シンミになって俺達のことを心配してくれる者が、ほかにある筈がねえて。よいか、誰にしたって、わが身程可愛ものはねえのだ!
甲 そらそうじゃ! 全く、そらそうじゃ! 現に村方のオヤさまや役場の人やなんどが、お前等のためだお前等のためだというては耕地整理だの農事改良だのに私等を引廻しなさるが、そいで作物がよく出来たからというて私等の暮しが楽になったためしはねえからのう、それと同じよ。
乙 五、六年前から見ると年貢だけで二ガケ方あがったからのうこの順で行けば十年後にはどうなっだか? 俺達の孫子の代になっと、田畑なんど精出して作れば作るだけ損になるってえときがくるぞ! 全く、ウヌの命が可愛いければ、俺達もはあ、何とかしねえでは、やって行けなくなるてや!
仙太 だろうが? のう、政府が何とかしてくれようと思うているのも馬鹿なりゃ、反対党がよいようにしてくれると考えているのも阿呆だぞ。そら、その筈だが。政府にしても反対党にしても、金持出やオヤさま出の人ばかりだ。しょせん金持や地主さんのためを思うてすることじゃ。自由党にしてからが、せいぜい自分等の役に立つ間だけ俺達をだし[#「だし」に傍点]に使うて、自分等が世の中に出てしまえば、放り出そうという手だ。俺にゃチャンとわかっていら。あんでも、大きな顔ばして上に立って騒ぐ連中のするこたあ、みんなそれだて。俺のこの身内の斬り疵が、そう言って教えてくれらよ。うん。ウヌらのことを、つれえ、悲しい、苦しいと思うたらば、自分のことは自分の手でやらねえじゃ、人だよりでは、あんにも、ほんとのことあできはしねえぞ!
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