虎雄が? あん野郎め! 自由党が聞いて呆れらよ。よけいなヤジ馬のしっぽに乗りやがって百姓はタンボをやってればそれでええのじゃ! 近頃の若えもんの了見てえもんは俺にゃわからねえて! 正造にしても兼八にしても同じだ! のう仙太公!
仙太 うむ。……だが、それもよかろうて。何でも自分の目で見てみたらええのだ。
段六 あんだとう? そうだろうが、のう? どうせが御一新の時に立廻り方がまずくって甘い汁の吸えなかった連中が、甘い汁を吸ってる連中をそねんでいるのだ。うん。
お妙 (段六を黙らせようと)段六の伯父さ。
段六 ほだろうが、嬢さま? 現にだ、あんたの親父さまだ。人間、しただけのことがマットウに返って来るもんならば、生きてござればいま頃は藩知事さまだあ。それが、ロクな墓もねえ有様だ。そでねえか、嬢さま?
妙 (赤くなって)伯父さ、その嬢さまだけは、やめておくれ。
仙太 ……(独言のように)何のことでも、上に立ってワアワア言ってやる人間は当てにゃならねえものよ。多勢の中にゃ慾得離れてやる立派な人も一人や二人はあるかも知れねえが、そんな人でさえも頭ん中の理屈だけでことをやっているもんだから、ドダン場になれば、食うや食わずでやっている下々の人間のことあ忘れてしまうがオチだ。……昔から、下々の百姓町人、貧乏な人間は、うっちゃらかしてあった。御一新のときにも忘れられておった。いまでもそうだ。……百姓町人、下々の貧乏人が自分で考えてしだすことでなけりゃ、貧乏人の役には立つもんでねえて。
段六 (聞こえぬままに得意になって)ほだろうが? のう、仙太公の天狗党?
仙太 (苦笑して)……そいつは禁句だ、段六公。考えて見な、公方様の天下を倒して大臣参議になったのが、その昔は下士や軽輩の士分の者だ。天狗党の人達もそれよ。ただ運が悪いのと早過ぎたのとで殺された。俺も……この疵がうずくたんびに十年前までは、あの人達を怨んだもんだが、いまじゃ武田様、藤田様、田丸様、加多さんはじめをお気の毒だと思うておる。……さて、今度は、そうしてできた新政府を横暴だ倒せなんどと騒いでいるのが、自由民権か何か知らねえが、とんかく、おこぼれば頂戴出来なかった軽輩あがりや物持のせがれ、それに少しばかりお調子もんの貧乏人のせがれが尻馬に乗ってるくらいのことよ。こんだ自分達が出世しちまえば、同じような横暴ば働いてぶっ倒される側になるのだ。もっとも、それも、しねえよりはまし[#「まし」に傍点]だろかい。何かの足しにはなるからな。……どっちせ、ふところ手をして食って行ける人間のすることはそんなものよ。当てにはならねえ。トコトンの一番しめえに、人をぶっ倒しても、こんだ他人からぶっ倒されねえ者と言えば、百姓、人足、職人、穢多、非人なんどのホントの文無しの者だ。しかし、そいつは、まだまだだあ。……虎雄なんども自分の目で正《しょう》のところば見てくるがええて。
お妙 だって、あんた、もし戦争にでもなれば、虎雄なんど、もしかすっと……?
仙太 なあに、それでもええ。男だ、それは覚悟していようて。人間、人に依れば、ホントのことをウヌが目で見ようとすれば、殺されることだってあるものよ。ああに。……さ、馬鹿におしゃべりをやった。また、やろうかい、段六公。
段六 おおよ、今日はお天気具合がええで、仕事がハカが行かあ。アハハハ。(男達三人立上って仕度をする。お妙とお咲は茶の道具を片づけにかかっている。そこへ右手の道から顔色をかえてソソクサと出てくる百姓二人。甲乙ともに野良着のまま)
甲 やあ、仙太郎さ、ここか!
乙 畑かと思うて、どんねえに捜したか知れはしねえ!
滝三 どうしたんだい、小父さんだち?
甲 わし等あ報恩講の総代だってんで、呼出しを受けて普門院さ行って来たばかりだあな。下手あマゴマゴすってえと、いきなりステッキば引っこ抜いてぶち斬ろうというだから!
乙 どうしたもんだろか、仙太郎さ? 私等にゃどうしたらええかわからねえ。そいで相談に来たて。壮士は加勢ばしろというのだ! うん! どうしたもんじゃろか、仙太郎さ?
段六 あはん、自由党の騒ぎか? 自由党、まだ山へは行かんのか、佐平どん?
甲 それだあよ、山へ入るについて、第一に村方一統から、それぞれ米味噌ば差上げろというだよ。第二に若いし[#「いし」に傍点]連ば山へ一緒によこせというだ。もっとも米味噌については、ポンボッチリだけは金ば払うというだけどな。何しろ相手はあの調子の恐《こわ》もてでくるしよ。ことわるにことわれず、村の者と一応相談してからというて戻って来ただよ。これ、どうしたらええかねえ。仙太郎さ?
滝三 普門院の方丈さん、どうしてっかね?
甲 ああに、方丈さんは自由党に取りこめられて外にも出られねえのだから、早く何とか村方で承知するように手配
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