段六に向って声を張り上げ手でラッパを拵えて)お茶はまだだい、段六伯父さ。よく空く腹だぞ。芋が来ねえで、はあ、お気の毒みてえだ、伯父さ! ハハハ。
段六 あんだと、滝三め! 芋も芋じゃが、お咲坊が来ねえでは、お前こそお気の毒さまみてえなもんだて! アハハハハ、知っとおるぞ。知っとおるぞ。アハハハ。(仙太郎の方を見て)んでも、仙太公、お前何とか言ったけ?
仙太 (これも手ラッパで)あのなあ、えらく、お日でりだで、川の方の三角田にゃ明日あたり上から少し水ば切り落しとかねえじゃと言っているのよ、段六公。
段六 おおよ。そうしべか。世間が騒々しいとおてんどさままでが調子っぱずれだ。やれ、どっこいしょ。(と再びしゃがんで姿を消す)
仙太 さ、もう一息やろうか。(再び泥掻き)
滝三 あの、お父う、さっきあの連中虎雄のこというてたが、それじゃ、いよいよ……。(と不安そうにしてしきりに話したがるが、仙太も段六もそれを耳に入れず相手にしないので仕方なく、これも稲の間に姿を没して働きはじめる)
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(かなり永い間――水の音)
(花道から女房姿のお妙とお咲が出て来る。二人とも着流しだが甲斐々々しい姿。お妙はふかし芋の入ったザルを抱え、お咲は茶椀の包みと大ヤカンを提げている。お妙は年こそかなり取っているが、まだ大変綺麗である。お咲は昔よく泣いた子で、これも年頃で可憐な顔立ち。スタスタと本舞台へ)
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お咲 (後を振返りつつ)おっかさん、先程行き合うた人達は、もしかすっと――?
お妙 そうかも知んね。
お咲 んじゃ虎雄さんなんどもあれの仲間になってるかな?
お妙 んかも知れないね。正造は、これからの世の中は金が第一じゃといって横浜へ貿易屋とかの下働きに行ってしまうし、兼八は弁護士たらになるというていま東京で巡羅になっているそうな。虎雄は虎雄であの性分だ。うちに残っているのはお前と滝と源太郎だけ。私はいつまで立っても苦労の肩は抜けやしない。
お咲 ……源太さは畑でしょう?
お妙 そうだべよ。……しかしこんなこと、おとっつあんの前では、言いっこなしだぞえ。おお暑い。
お咲 だから、おっかさんはうちで休んでいて、私一人でいいとあんなにいうたものを。
お妙 ああによ、私一人が休んでいては、すまねえ。ああ、お稲がもうこんなだ! (稲田へ向って)あい、お前さん、お茶だぞう。(おおと返事をする声)
お咲 (声を張上げて)段六の伯父さあん、お茶でがんす! 段六の伯父さん! お茶でがんす! (稲田の中からまず滝三が立上り、お咲を見てニコニコする。つぎに仙太郎、つぎに段六が立ち上る)
仙太 おおご苦労だ。(言いながら手でも洗うのであろう、左手へ田をあがって姿を消す)
段六 (呆けた顔をして滝三とお咲の顔を見くらべて)滝三、咲坊の顔そんねえに見ているとそらそら、よだれが垂れら! アハハハ、だらしがねえと言うたら、こら!
滝三 何よう言うでえ! 泥ぶっかけるぞ!
段六 んでもさ、よだれが垂れてら、のう咲坊!
お咲 伯父さ、そんねえなこというと、芋やんねぞ!
段六 あんだと? アハハ、咲坊だって赤くなっとら。
お妙 段六さん、つまらんこというてねえで、早う手ば洗うて来さっしょ!
段六 へい、へい、(笑いながら左手へ。滝三も同様)
お妙 ここは木蔭がねえで、いつも難儀じゃ。んでもいい加減に少し雲が出て蔭が出来たて。
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(お妙とお咲は道端の草場に持って来た物を拡げて仕度をする)
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お咲 段六伯父さたら、いつもあれだ、ふんとに。
お妙 (ニコニコしながら)耳は聞こえなくなっても口の方は段々達者になるて。
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(男三人は手足を洗って、左手から戻って来る。草場に車座に坐る)
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段六 やれどっこいしょ。今日は芋かの? (見て)おほう、どうだこれ! 今年のは出来がええて! どうだこの色は! 源太の腕も馬鹿にはなんねえ。
お咲 あい、お茶。
段六 おほっ、俺が貰ってええか? 滝三よ?
滝三 あほ[#「あほ」に傍点]いうな、伯父さ。(もう芋を食っている)
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(五人、言葉少なに茶を飲み芋を食う)
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仙太 お妙、おかいこはどうだ?
お妙 あい、いまの分ではよかろうて。二番さんがあがるのが後《あと》四日じゃ。お前さん、暑そうだが、肌ぬいだら。
仙太 うむ……。(片肌をぬぐ。散々の疵跡である)
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(間――五人静かに、食い飲む)
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滝三 お父う、虎雄なあ、さっきの……。もしかすっと、ホントに……。
仙太 うむ……。
段六 (早耳に入れて)あんだとう? 虎雄がどうしたと? 帰って来たのか、
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