間)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 ……お前が江戸で人を斬るなり、ドンドンここへやって来た心持も、私にゃよくわかるような気がするもの。……お前はそうしてもう半月、石ころみたいに黙っている。私あ……(フッと口をつぐんでしまって、間。……お蔦は泣いている)
[#ここから3字下げ]
(永い間)
(ムックリ起きなおった仙太郎、立って板の間を歩き草履で土間に降りて、出て行きかける)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 どこへ行くんだえ、仙さん?
仙太 ……ウム、人足寄場の人が後を追うて五、六人で来て、そこで待っているそうだ。あってくる。
お蔦 ことわるのかえ、天狗へ連れて行くのはご免だと……? それとも……?
仙太 さあ……。
お蔦 これは? (と、仙太の刀を炉の側から押し出す)
仙太 いらねえ。……(戸の外へ消える)
[#ここから3字下げ]
(短い間)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 ……へん、ひとの腹の中がわからないといえるもんか。どうしてあの人にこんなところへノコノコついてきたのやら、私あ自分で自分の気が知れない。……(気を換えて)滝坊、こわかったかえ?
滝三 うん。
お蔦 お前も仕合せの悪い子なそうな。母ちゃんは、滝坊の?
滝三 あっちだて。
お蔦 仙さんはお前のお父っあんの仇だと。お父っあん、どうしたえ?
滝三 父ちゃん、あっちだ。
お蔦 なにもわからない。……田んぼの方へ行って見ようか。皆が草を取っているよ。(立上って土間の方へ行きかける。そこへ外――奥――から戻って来る二、三人の足音。段六の声で「さ、しつかりなせえよ、嬢様、家に着いたで、しっかり」と聞こえて、お蔦がびっくりして見ていると、どうしたのか真青な顔をして目をつぶってグッタリしているお妙を段六が肩に負わんばかりにして、それをまた、養われている子の中で年かさな男の子が一人、お妙の右手の杖になって助けながら戸口から入ってくる。三人ともいままで、水田の中で働いていた身なり[#「なり」に傍点]で手や足は濡れている。甲斐々々しく出で立ったお妙は着物が腰の辺まで濡れている。田の中で倒れでもしたらしい)
段六 (お妙の身体を上り端にソッとおろして)さ、しっかりすっだよ、嬢さん、うちだ。こうれ!
お蔦 どうしたの、段さん?
段六 ああによ、タンボでつんのめってね。いわねえことじゃねえ、このウン気に朝からだ。早くあがんなせというても剛情張ったから。水だ。
お蔦 あいよ(土間に降りて竈の側のカメから茶椀に水を汲んできてお妙に呑ませる)お妙さんどう、しっかりしなさいよ。
お妙 ……ありがとう。ああ。
段六 (お妙の襟をくつろげてやったりして介抱しながら)ジッとしていりゃ、じきよくなっだ。身体のキツクねえ仁が夏場無理ばすっと、よく起すだよ。源坊、脚絆ば脱がして、さすってあげろえ。(男の子はいわれた通りにする)ああ、やっと口のはた[#「はた」に傍点]に血の色が出て来たわ。やれやれ、大概《ていげい》びっくらさせましたぞ、嬢さん。
お妙 ……すみません、段さん。もういいの、源ちゃん。ありがとうよ。
投六 あがって一時《いっとき》寝るがええ。これに懲りるがええですぞ、少しは。全体が無法すぎるて。
お妙 ……へえ。ザッとでいいのすて、ありがとう。(これはタライに水をうつして来て足を洗ってくれているお蔦に)……いいえ、あの一枚だけは、あんたがあんなに苦労して手に入れた苗代だし、……第一、あれがうまく出来てくれないと、秋には、子供達がまた痩せてしまう。……だもんだで……。
段六 それがいけねえ。お前さま一人の手があってもなくても、どいだけ違いますや? 俺とそれに、あいだけ小僧どもがいるに。
お妙 それだとて、子供達はまだ草もいくらも取れはしないものを。
段六 ああに、あれで結構取れてがすて。たとえ満足に行かなくとも、そこい行きゃお稲なんどというものあ正直なもんだて。小僧どもが大事にして可愛がってやっただけはチャンと出来てくれる。性の知れねえのは人間の心だけだ。……仙太公はどうしたね、お蔦さん?
お蔦 さっき、どっかへ出て行ったっけ。……さあ、お妙さん、あたしにつかまって。
段六 少しハキハキするがいいだ。前はあんな男ではなかったて。何がどう……。(いいつづけようとしているところへ、遠方で響く二、三発の銃声と、遥かに遠く三、四人の人が叫んで走る声)おお、また、天狗が水戸へ逃げて行かあ! 今朝っから逃げる、追いかける、ワラワラ/\と、全体あにがどうしたというだい。
お妙 段さん、早く田んぼへ行って! 子供達が危い! 子供達が危いで!
段六 そいじゃ行きやすからな、寝るですぞ。
お蔦 嬢さんは私が引受けたから。
段六 頼んますぞ。ほんに、きちげどもめ! 滝坊も一緒に行くか、よし。(二人の男の子を連れて急ぎ足に
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