ためか誰のためか、しかも、そんな女まで引張って来ている、――大概わかっている。ふん、しょせんは糞土の牆《しょう》だろう。無頼は無頼だ。(……何といわれても仙太返事をせぬ。今井は呆れ果てたといった様子で仙太の背を睨んでいたが、あきらめて、粥も食い終つたし、椀をカラリと放り出して、出かける身仕度をする。手早く腹帯を締直し、血の脂で少しギチギチする大刀を抜いてあらため、土間に片膝ついて草鞋の紐を結び直しながら)……そんな女、僕がやってもよい。が、しかし、まことは、女がいるからではなくして、貴様の心に隙ができたから女ができたのだ。斬るべきものは、女ではなくして、貴様の根性だ。……これでよし、さあ、行くかな。

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※[#歌記号、1−3−28]洲崎の浦の波越さじと、誓いしことも有明の……」
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仙太 滝三。……滝三。
滝三 ……あい。
仙太 刀を持ったことがあるか? ……刀を抜いたことがあるか? うん、どうだ? ほれ、こりゃ小父さんの刀だよ。切れるぞ。(自分の刀を滝三に握らせる)
滝三 ……。(オドオドしていまにもワッとしぐれそうである)
仙太 ハハハ、斬ろうと思うな、斬ろうと思えば狂う、突き刺すんだと思え。それ、(スラリと刀を抜かせて持たせる)……いいか、人を斬るにゃ、……父《ちゃん》の仇を斬るならば、こうして斬るのだ。……さ、小父さんの方を向いて突いて来い。突いて来い。
滝三 ……ワァーン。(こらえきれずに泣き出す)
今井 ……馬鹿! だが仙太、まだおそくはない。加多先輩などは殿軍にまわって、まだ筑波だ。湊へ来い。笠間へは廻るな。道は山を突っ切れ。……そうだ、利あらずして逃げる。しかしながら湊への道は、天下へ通ずる道だぞ。忘れるな。必ず後から来いよ。いいな? 造作《ぞうさ》にあつかって腹ごしらえもできた。田沼の兵を斬りながら行くのだ。来いよ、仙太郎! さらばだ。……(戸口の方へ)一剣、天下を行く……(ドシドシ歩いて戸外へ消える)
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(まだクスンクスン泣いている滝三。知らぬ顔をして三味を弾くお蔦。下を向いてそれを聞いている仙太郎……)

※[#歌記号、1−3−28]誓いしことも有明の、月の桂の男気は、定めかねたる秋の空
だまされたさの真実に、見下ろされたる櫓下」
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お蔦 (三味線と唄をフッツリ止める)……天下を俺一人で背負っているといった顔だ。ふん、あたしあキツイきらいさ。……おやおや糸も切れたそうな。(三味線を放り出す)滝ちゃん、泣くんじゃないよ。その小父さんは気がふれているんだから。(滝三の傍に行って顔を覗き込んだりして、あやす)……お士なんていうものの気は知れない。……と言いたいが、それは昔のこと、あの手合いにゃ自分自分の功名や手柄だけしかありはしない。そうじゃないか、仙さん。……あたしも江戸にいる間は、訳もわからないくせにいい気になって、勤王芸者だなんていわれちゃ江戸っ子から憎がられて得意になったもんだ。フン、芸者だって? そうかと思うと講武所芸者がいるわな。みんな身過ぎ世過ぎの方便でなきゃあ見え[#「え」に傍点]さ。一皮ぬげばみんなオレガだ。中でも士がオレガの骨頂。だからすぐに内輪喧嘩。他人のエサを横取りしたいのだ。お前さんは、吉村さんをなに[#「なに」に傍点]し、この家の親父さんをやったけれど、それだとてやっぱり……。
仙太 お蔦、それをまた……。(続けて言おうとするが止してしまって、ゴロリと仰向けて寝転んでしまう)
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(間)
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お蔦 ここでいわれては困るというのかえ。お嬢さんは段六さんと子供衆と一緒に田の草取りだ、聞いちゃいないから安心おし。……ふん、面白くもありゃしない。
仙太 ……面白くなけりゃ江戸へ帰りな。
お蔦 すぐ、そうだ。そりゃ、あたしゃお前から、ついて来いともいわれないのに、デレリとしてこんな常陸くんだりまでついて来た。うるさいことだろうよ。……お前さんはお妙さんてえ人に惚れているのだ。
仙太 ……。(寝ている手がビクリとして、何か言うかと思うと黙っている)
お蔦 ……お妙さんもお前に惚れている。……昨日今日のことじゃない。……段六っあんがそういったよ。いわれなくたって私にゃ初手からチャンとわかっていらあ。……こういうと私がお妙さんを怨んで妬いているように取れるかも知れないが、そうじゃない。お嬢さんは生娘でオボコのあんな可愛い人だ、大方ご自分がお前さんに心《しん》から惚れているということに自分でも気がつかずにいるだろうよ。あの人を見ていると、もったいないような、いじらしいような気がして、私まで惚れちまいそうだ。……因果だねえ。
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(仙太返事なし。……
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