くだい》として進発あり。田沼様の公方がた本月三日には古河にご着陣、足利学校にご在陣、高の知れたる天狗党、シャニムニ踏み破り、蹴散らさんと思うても、そうは問屋がおろさねえ。(花道七三で興に乗って唄って踊り出す。三味線、鳴物よろしく)
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田沼の達磨(棚の達磨さんの節で)
あまり戦争したさに、
田沼玄蕃さんをチョイと出し、
腹巻させたり、また、こわがらしたり。
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アッハハハ、ま、そいった次第さ。おっと、調子に乗つてこんなところを岡っ引にでも見つかろうもんなら打首もんだ。さても、戦《いくさ》の有様見てあれば、だ。利あらずと見て逃げるは天狗、追うは田沼勢、府中は小川のあたり、ドンドンパチパチ大砲《おおづつ》小筒、鳴るは蜂の頭、引くは天狗の鼻、さあてこの次第如何相成りまするか、ただいま、ホコダ塚において合戦真最中! 天狗が水戸へ逃げるか、田沼が江戸へ逃げるか。さあ、評判じゃ評判じゃ! いま出来たての三州屋は早耳瓦版、事の次第はみんなでている! 一枚が三文、二枚で五文だ、おまけに長州勢に取りつめられた京都のことまでみんなわかる! さあ、買ったり買ったり! オヤオヤ、誰も買わねえのかい? 呆れた貧的ぞろいだなあ。ふん、(幕のフチに手をかけ、眼をむいて声色)いずれを見ても貧乏育ち、菅秀才の……ハッ、ハックショイ、あったら口に風を引かしたわえ。アリャ、リャ、リャ、リャ、買った買った……。(叫びつつ、馬鈴を鳴らしながら幕尻に走って入る)
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(その音が消えると、すぐに内と下座で鳴りだす常盤津の三味線。シンミリと。それが暫く続いて幕開く)
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[#地付き](幕)
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8 植木村お妙の家の中
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第四場に同じく植木村お妙の家の中。
夏の夕方の、差し込んでくる夕焼の光の中に黙っている四人――お蔦と仙太と今井(前出)と子供の滝三。
お蔦は板敷のフットライト寄りの敷居近く、つまり観客席に一番近く、観客の方を向いて片膝立てに坐って三味線の爪弾きしている。仙太郎はイロリの右側に坐って、ガツクリ首を垂れている。今井は右側の上り端に腰をかけ、いかにも敗走して行く兵らしく泥や汗や血に汚れきった小具足姿のまま、時々仙太郎の背中やお蔦の方をジロリジロリ睨むように見ながら、前に据えられた釜から椀に粥をよそっては菜も添えずにガツガツ食っている。子供の滝三はイロリの左側、仙太と向い合ったところにチョコナンとして坐らされてマジマジしているが、この異様な空気に泣きべそをかきそうにしている。――永い無言。
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常盤津節、巽八景(お蔦、爪弾きで唄う。場合により唄は下座にしてもよし)
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※[#歌記号、1−3−28]大江戸とならぬ昔の武蔵野の、尾花や招き寄せたりし、張りと意きじの深川や、(この辺までは幕の開くまでに済んで)縁《えに》しも永き永代の、帰帆はいきな送り舟その爪弾きの糸による、情に身さえ入相の、後朝《きぬぎぬ》ならぬ山鐘も、ごんとつくだの辻占に、燃ゆるほむらの篝火や……」
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今井 (粥を呑み込みながら)それでは、どうあっても、行かぬというのだな、仙太?
仙太 ……。(聞こえたか聞こえぬのか返事も、身じろぎもせぬ)
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※[#歌記号、1−3−28]せめて恨みて玉章《たまづさ》と、薄墨に書く雁の文字、女子の念も通し矢の、届いていまは張り弱く、いつか二人が仲の町に、しつぽりぬるる夜の雨……」
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仙太 (ひとり言のように)……とうどう、それじゃ、長五郎も抜刀隊にやられたか。……長五郎が。
今井 真壁の仙太郎の命を貰いに来た、俺あ上州無宿のくらやみの長五郎と、チャンと名乗って突っかかって来たのだから相違はない。いつもなら、そうはいっても、無宿者の一人や二人、いくら気は立っていても斬りはすまい。が、何しろ小川以来の難戦苦戦だ、大砲《おおづつ》小筒で追い打ちをかけられている最中だ、そこへからんで来たので、うるさくなって、やったらしい。死んだか生きたか、見とどけた者はいないのよ。……いやこんなこと幾度いっても、何になるか? それよりも湊へ行くかどうか、仙太郎?
仙太 くでえ、俺あ行かぬ。
今井 どうせ負け戦だと見切りをつけたのか? ……裏切者だ!
仙太 何とでもいうがいい。
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※[#歌記号、1−3−28]堅い石場の約束に、話は積る雪の肌、とけて嬉しき胸の雲、吹払うたる晴嵐は、しん新地じゃないかいな……」
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今井 同志の誓いよりは女の方が大事か。お前がこんなところに来てもう半月の余もブラブラしているのが何の
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