太 斬ると言ったら斬ります。しかし加多さん、俺あその、甚伍左の親方あ、ご免ですぜ。
加多 それはならぬ! 恩は恩、義は義だ。
仙太 恩のことじゃねえ、親方がそんなことをなさる筈はねえ、何か行き違いができているんだ。
加多 どちらにしろ、井上君の命令通りにやれ。お為《ため》派の策士等と薩州あたりの牒者をスッカリ斬ってしまわぬうちは、ここへは帰ってくるな!
井上 じゃ、急いで行こう。仕度は?
仙太 これでいい。じゃこれはいただいときます。
水木 無くなれば、そう言ってよこせよ。しかし、なるだけ、それの無くならぬ間に、手早くやれ。
仙太 では、加多さん……。(すでに先に立って歩き始めている井上の後に従って、花道へ。立止って懐から位牌を出してチョッと見ていた後、それをポイと後に捨てて歩き出す。が直ぐ何と思ったのか、スタスタ引返して位牌を拾って再び懐中にして……)
井上 どうしたんだ?
仙太 いえ何でもねえ。急ぎやしょう。(二人揚幕へ消える。それを見送っている加多と水木)
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(間)
[#ここで字下げ終わり]
水木 あれにやれるかな?
加多 え? ああ、それなら大丈夫。拙者はよく知っていますが、剣を取ってあれだけの押しがきくのはチョッとない。
水木 私にもそれはわかるが、だが、気に障りがある場合、十のものが五つも働けないもんだからなあ。要は、山を負うて戦うか、水を前にして戦うかにある。妙なことを言っていたが、危っかしい。直ぐ後からかい[#「かい」に傍点]添え併せて目付けのため、シッカリした者をもう一人やろう。
加多 そう。やられるのは結構ですが、目付けとは、彼のために可哀そうですな。妙な男で本当に殺気立って来る前には、いつでも、あんな風なことをいいます。果して来ると言った言葉を信じてやって下さってもよろしい男です。しかし……。
水木 しかし?
加多 いや…… あれの抱いている疑いにも一応の理がありはしないかと考えているのです。
水木 何を馬鹿な! いま更、薩賊会奸づれの……。
加多 いや、それだけの話なんですが。……(遠くで起る砲銃声。銃丸が飛んで来てバチバチと物に当った音)……万々が一、あれが仕損じて幕吏または書生組に捕えられでもした場合は、水木さん?
水木 なあに、たかが博徒だ。隊士に非ずということで押し切れる。まさか違っても、手を廻して斬捨ててしまえば口は利けぬ、かい添え兼目付に後を追わせようというのもそれもあるからだ。ハハハ、無頼一匹、うまく斬っても、斬られてもだ、よしんば捕えられても後腐れはないからなあ。特にあれを頼んだのも、それがあるからだ。さ、行こう! (ドンドン山上への道へ去る)
加多 だがそれは。……(遠くの喊声と身近く音を立てる銃丸の中に腕組みをしたまま考えながら井上と仙太の去った方を見送って立ちつくしている)
[#地付き](幕)
[#改段]

6 江戸薩摩ッ原の別寮

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 元治元年六月。夜。
 薩摩屋敷からあまり遠くない別寮。薩藩士鷲尾八郎が多少の縁辺をたよって持主の大質屋から借りて、控えのため秘密な会合等に当てている座敷である。
 十畳ばかりのガランとした室。濡縁。庭がそれを取囲んでいる。寮の左側の部分は植込み。その前を廻って左手へ行き少し奥まって見える板塀。それに厳重なくぐり戸。板塀は二重になっていてやや高い奥(外側)の塀には竹の忍び返しがついている。その外が通りになっているらしい。室内に立てられた明るい蝋燭の光の中に対座している井上(前出)、長州の兵藤(前出)、水戸浪士吉村軍之進、それに少し下って縁側近く利根の甚伍左。
 井上と兵藤がかなり前から激論していて、もういうべきことはいい尽した末、なおもいいつのろうとして口調も態度も殺気立っている。吉村はニヤニヤしながらそれを横から見ている。甚伍左は無言で時々腰を浮かしたりしてハラハラしている。
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井上 ……いま更、いま更、子供をだますようなことを言われなっ! 水戸が如何に時世に不敏なりとは申せ、まった、拙者不学といえども、それくらいのことはとくに存じおる。去年貴藩において外国軍艦を砲撃されたことも、薩州の英艦撃退のことも知っておる! それは振りかかった火の粉を払ったまでの話。
兵藤 なにっ! 振りかかった火の粉を払ったまでの話だ? とそれを正気でいうのか、貴公?
井上 よしんば、それだけの志あってのこととしても、今日においては薩長会津三藩のみでなく拙藩を初め土《と》州、因州その他大義に志を抱く藩は多数これあり! これらが小異を捨てて大同につき連合してことに当れば、とはすでに五年も六年もの前から小児でさえ考えなかった者は無いのだ! それをいま更尊公の口から、さかしら立てて聞かして貰うのは、余りと言え
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