合せは途中でよい。急ごう!
仙太 加多さん……俺あおことわりしてえ。
加多 なに! 何んと申す?
仙太 誰かほかの人をやっていただきてえ。
水木 こら! 命令に背くか、貴様! なんでだ? 理由を言え! 理由をいわんか!
仙太 ……へい。
[#ここから3字下げ]
(短い間、三人が仙太郎を見詰めている)
[#ここで字下げ終わり]
井上 チェッ、急ぐのだ! グズグズしている間に、奴等が、また京都にでも行ってしまって見ろ。よろしい、拙者一人で何とか……。
加多 待たれ。失敬なことをいうようだが、君一人では歯が立つまい。まして相手は二人三人になるかも知れぬ。仙太、いま更になってどうしたのだ?
仙太 ……お願えだ、ほかの人を。
加多 思い違いをしてはいけないぞ、これはわれわれが独断で命ずるのではない、田丸先生以下諸先生の最初からの計画にあったことだ。いま本隊不在中に知らせがあったため、実行に移るまでの話。思い違いをすな。
水木 貴様、臆病風に吹かれたな。軍律を忘れたか! 斬って捨てるぞ!
仙太 そうじゃござんせん、そうじゃねえ。……が、臆病風に吹かれたとして置いて下すってもいい。加多さん、俺、少し考えてえことがあるから。
加多 いって見ろというのだ、それを。聞こう、筋の通った話ならば、われわれも考えて見よう、無駄にはすまい。
仙太 いいえ、筋の通ったなんぞと、そんな訳のもんじゃねえ。ただねえ、ここの挙兵以来、ズーッとやって来たこと、こんなことばかりしていてよいと、お前さん方、思っていなさるかねえ? こないだからたずねようたずねようと思っていたが折が無かった。……俺あもともとこんな百姓上りのバクチ打ちで、皆さん方の理屈はロクスッポわかりゃしねえ、けど、五分の魂があればその五分だけのもので考えるんだ。ま、待ってくだせえ水木先生、いえね、俺だとてこんなふうなことてえもんが、将棋を差すんじゃあるめえし、これがこうなればこうなると、そう思った通り右から左に運べるもんだとは、まさか思ってやしねえ。しかし、あり様《よう》いってしまえば、こねえだからお前さん方のしていることは何から何まで、書生派がどうの江戸藩邸の実権を誰が握ったのと、水戸の藩内の内輪喧嘩だけじゃありませんかねえ? 待った、ま、待って! 口が過ぎたらあやまる! 早い話が、あんた方あ、あをのいてばかりいなさる。百姓やなんぞを見てやろうとはしなさらねえ。俺あ方々でこうして随分人も斬ったし、……どんなことでもやった。どんなことでもねえ。へい。……いまの話だっても、無理に行かねえとはいっていねえ。しかし、それというのも、少しでもいいから民百姓によく響けと思えばこそのことだ。
加多 そのことを我々が忘れていると申すのか?
仙太 いえ、そうはいわねえ。いわねえが、この調子で内輪喧嘩ばかりで日を暮しておれば、先に行ってどうか知らねえが、あんた方のおつもりが下々に響く頃が来れば、かんじんの百姓は一人残らず消えて無くなっていやしねえかと思うんです。
加多 (ひどく静かに)よろしい、お前のいうことはよく解った。では聞くが、仙太、お前は最初ここに来た際に、本隊の志の存するところ、われわれの大義の根本に充分理解がいって参加したのだな? それを承知の上で生命を投げ出すという誓約の上で参加したな?
仙太 へい。
加多 それから、一旦加盟した上からは、上長の命令に背いた場合、隊士としての面目を汚した場合、斬られて死んでも不都合無いと……?
仙太 (加多の静かなのは、いまにもズバッと抜刀して斬りつける前ぶれであることを知っているので、ジリジリ後へ退りながら)斬って下すっても、ようござんす。
加多 フフフ、斬ってもよいが、俺は斬らぬ……。もう一つ訊ねるが、ここに命を投げ出して投じたのなら、俺達のすることを黙って信じて、今日の使命に出かけるわけには行かぬかな?
仙太 ……へい……。
加多 どうだ? ……本組の隊士は何びとと雖も、本組の大義について、また本組の行動について、勝手な臆測、論判、上下するを許さぬ。これは承知か?
仙太 へい……。
加多 要は尊攘の大|旆《はい》の下に、世情一新のための急先鋒となれば足りる。……(突然裂くようにはげしい声をあげて)事の成る、成らぬをソロバンで、はじいた上で、かかることが行われると思うかっ! たわけっ!
仙太 (殆ど威圧されて)……へいっ!
加多 (短い間。……再び静かな句調)……どうだ、仙太? それでも行けぬとあれば、仕方が無い、お前、山を下って脱走しろ。とめはせぬ。
水木 いや、それはいかん。軍律に依って、こんな……。
加多 今日限り山を下れ。
仙太 ……加多さん、行きやしょう。
加多 江戸へか?
仙太 へい。
水木 そうか! よし、行ってくれ。しかし、手加減をすると承知せんぞ!

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