てしもうたそうな。
仙太 ……どこだ、そ、それは?
段六 佐分利の方の縄手だ。
仙太 あんだとっ! 佐分利の繩手! さ、さ、佐分……!
段六 あによ、そ、そんな恐ろしい顔すったい? ああに、下手人はわかりっこねえ。あんでも生残った人の話に、その晩はひでえ闇夜で、また、其奴等というのがひでえ切り手で、その仁なんども、直ぐ後を歩いていた者がバッサリやられるまで知らなかったそうな。後の方から一人々々追い打ちに斬られていても、どういうもんか、声もあげはせなんだということじゃ。……どうしたえ仙太公? おい?
仙太 (いきなり段六の胸倉を取って)去年の師走二十五日、闇の晩、佐分利の繩手で追い打ち! 嘘うこけ、段六!
段六 こ、こ、こ、苦しい、あによすっだい、これ! 嘘でねえ、嘘をついても何になるだ?
仙太 ……(段六から手を離して、ユラユラしながら暫く自分の前を見詰めて立っていたが、足が身体を支えきれなくなって、アムと低い唸声を出したまま前にのめり、うつ伏せに地に転がる)
段六 こ、これ! どうしたのじゃ、仙太公! これっ! 出しぬけに、まあ……仙太よっ!
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(丁度そこへ門内奥、山上より急ぎ足に話しながら出てくる前出の仲間姿の井上と加多源次郎、それに隊士の水木の三人)
[#ここで字下げ終わり]
水木 こない所を見ると、一緒に進発したのか、仙太は?
加多 そんな筈はない、山上にくるように早田にいっといたのですから。
水木 (段六と仙太郎を認めて)おお、何だ? こらっ、貴様、何だ?
段六 (仙太を助け起しかけながら)ひえっ! へい!
加多 ああここにいるか、仙太郎。
水木 何だと言っているのだ! 言わんか! (刀の束に手をかける)
段六 (這うようにしてわきへ飛び退いて)あんでもねえ、へ、へい! ひゃ、百姓で仙太の朋輩で。これっ、しつかりせえよ、仙太公。これっ!
加多 仙太郎は、よろしい。早く帰れ!
水木 怪しい奴だ。帰らんかっ!
段六 (相手がいまにも斬りつけそうなので、転げるようにして左手へ走りながら、すでに身を起しているが茫然としている仙太郎の方へ首だけ振向けて)な、仙太よ、その長五とやらが来ぬうちに早く逃げてくれよ! 殺される! 罪ば作るなっ! いいや、早く真壁なりと植木へなりと百姓をしに帰って来い! こんな、こんな……。
水木 まだいるかっ! (抜刀)
段六 (びっくりして、走り出して花道へ。七三で振返って)こんなところにいねえで、早く帰って来いよ、仙太! (言い放って井上が追って来そうな気配を見せるので一散に揚幕へ消える)
井上 いいのですか、逃がして? やって来ましょうか?
水木 ウム。怪しい男だ。
加多 いや、待たれ。大事ない。それよりも……おい仙太郎。何をボンヤリしているのだ?
水木 こら、しつかりせえ! 呼んだのに何故来ない?
仙太 ……兄きを斬ったのはこの俺だ。
水木 どうしたと? 何をいうか、馬鹿。
加多 仙太。(仙太の肩を掴む)
仙太 (眼が醒めたようになり)へい、こりゃ加多さんに、水木先生。
水木 いまの男は、確かにお前の友人か?
仙太 段六……。(見廻して)ああ、もう行ったのか。さようで、へい。(また、二つ三つ泣き声がこみ上げて来る)
井上 大丈夫ですか、この男で? 何だか少し……。
加多 いや、それは拙者が保証する。こんなふうになるよ。京都で土州の士で飯田という、これがその方にかけては名人といえる奴で、十日に一度は斬って居らぬと眠られぬと称していたが、よく知っていたが、その男が時々おかしくなるのだ。それが無いと斬れぬ。いって見れば、それで初めて本式な凄味がついてくるとでもいうか。……仙太郎、これからすぐ江戸へ行くのだ!
水木 重大な使命であるによって、その積りで! 万事、井上君に聞けばわかる。少し荷が勝つかも知れぬが、遊隊第一人のお前だ。どうかしっかりやってくれよ。
仙太 また、やるのか? ……へい。
加多 為終せれば殊勲だぞ。その当の吉村軍之進といったな、井上? たしか、小野派一刀流切り紙以上、なお、甲源流に少しいた、それに小太刀をよくするそうだ。朝比奈などの蔭にかくれて懐刀などといわれている小策士らしい、如何にもな、小太刀とは。どっちにしろ、そこら辺の藩兵づれとは違う。あなどるとおくれを取るぞ! よいか仙太。
水木 事は迫っている。早いところを頼む。それに、利根の甚伍左、吉村と一緒におるか、おらなくとも、場合により斬ってよい。いや、あんな奴は斬ってしまったがよい! なお、長州の兵藤もともにおるかも知れんが、これもやれればやって大事ない。万事、井上と相談してやれ。半分でも成功すれば、その日より、お前も士分以上の扱いは、約束して置く。なお、当座のかかりに、これを。(金包みを出す)
井上 打
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