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仙太 (柵を見て)おお来た。いやにどうも持ち勝手のよくねえ代物だ。(七三に止り、刀の束を肩からおろして、左手で横なぐりに額の汗を拭きながら見渡し桜を目にとめて)やれやれ盛りだ。ここらあたりは山家ゆえ、紅葉のあるのに雪が降る、か。(冗談に声色じみて)はて、うららかな……。
隊一 おお仙太郎ではないか!
仙太 おっと、どっこいしょ。(と刀の束を再びかつぎ上げて本舞台へ)どうなさいました?
隊一 君の方こそどうした? 戦況はどうだ?
仙太 よくねえ。私あそれで使いによこされたんだ。相手はいくらヘロヘロ藩兵や軍夫の、命だけが惜しい奴等だとはいっても、先方にゃ大砲から小砲《こづつ》チャンとそろっていて、ゴー薬は使え放題ときているんですからね。十発に一発づつ当ったとしても、ドスよりゃ割がいいや、あんたの前だけど、これからの戦は一式大砲や小砲になるねえ、俺が保証しといていいや。
隊一 また、ノンキなこといっている。それで?
仙太 一度は城下へ入りかけたけど、いまいった通りバタバタ打ちやがるもんだから、また、小貝川の此方、ホンのそこいらまで味方あ引いて来ましたよ。なあに此方にゃ死んだ者あ、あんまりねえ。こないだあたりから見りゃ戦争ゴッコみてえなもんさ。しかし、本隊が留守だと見て取って、もしかすると追い討ちと来るかも知れねえから、やっぱり皆に出かけて貰わねえじゃなるめえ。その使いで来たんだ。皆さん、屯所ですね? (右手へ行きかける)
隊一 そうだ。それは愉快、腕が鳴っていたところだ。その担いでいる刀はどうした、仙太郎?
仙太 これかね? こりゃ分捕って来た。まだロクな刀を持たねえ連中に分けてやろう。
隊一 何処から持って来たのだ?
仙太 まさかドスが畑から生えてはいねえ。斬って取って来ました。
隊一 フーム、それだけ全部か! いつものことだが、やるなあ、貴様!
仙太 向うが弱過ぎるんだ。それを殺そうてんじゃねえ、チョイチョイとやったばかりで、ドス投出して逃げて行くんでね。
隊一 ハハハハ、ときに、一|刻《とき》ばかり前に貴公を訪ねて来た上郷村人足寄場の者だといった変な男にはあったか? いないといったら結城の方へ追掛けて行ったが?
仙太 あわねえ。どうしたんで? 寄場だと?
隊一 うむ。真壁の仙太郎さんのお名前をお慕い申してやって来たといっていた。貴公えらい人気だぞ。何でも寄場あたりでも、今度のわれわれの挙に加わりたい志を持った者が何十人かいるそうだ。あばれ者並びだからイザとなりゃ役に立とう。真壁の仙太郎親方に口添えをしていただいて軍夫でも雑役でもよいから加えていただきたいといったからな、拙者がいってやった、それなれば仙太郎に頼むまでもない、天狗党は天下無辜の者の味方だ、ドシドシやって来い、それで……。
仙太 待った、あんたも余計なことをいったものだ。……天下無辜の者の味方だなんぞと、いつも相変らずの大|束《ざっぱ》をきめ込みなさるが、段々見ているてえと俺にあ、そうとばかりは見えねえがねえ。こいつは真面目な話だけれど、どうだろう? 天下の事天下の事と口ではいっても近頃の皆さんのなされ方あ、水戸城内がどうしたの、江戸の藩邸がこうしたのと、まるきり藩の内々の内輪喧嘩ばかりに身を入れていなさるように思えるが? 第一、勘定に入れていた長州も因州も別に軍を始めはしねえというじゃありませんか? 天下の事とばかりで好い気持になっているときじゃあるめえと思うんだが。……怒っちゃいけねえ、俺達げす[#「げす」に傍点]の考えることなんだから。
隊一 そうか、ふん。……気に喰わなければ脱走して行け。貴公、命が惜しくなったのだ。
仙太 俺が? 冗談いっちゃいけねえ。それくらいなら初めっから来やしねえ。どう間違ったってこんなヤクザの体一匹投げ出しあ、それで済まあね。俺のいっているのは、沢山の人様のことだ。フラフラッと人気にくっついて此方へ来る連中は、またフラフラッと向うへ行っちまう連中だ。あんた方あ、天下何とかで民百姓貧乏人のことばかりに肩を入れて考えて下すっているのあ、ありがてえ。がだ、俺達の頼りにするのは貧乏人だけど、また、これで、何が頼りにならねえといっても貧乏人ほど頼りにならねえことも考えとかなきゃならねえというまでさ。
隊一 だが寄場人足がわれわれの味方で無くて、他にどんな味方があるか?
仙太 だからさ……。(いい続けようとするが止めて)とにかく俺にあいに来た者に、俺が会わねえ先に余計な油を掛けるのは止していただきてえ。
隊一 ふん。……挙兵以来、戦功抜群というのを鼻にかけて増長するなよ。百姓上りの無頼の徒が、士に向って何という口を利くか!
仙太 何だって? それをまた……。ま、いいや。チョイと急ぐから、まあごめんねえ。(右手へ去る)
隊二 百姓め、推参な!
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