(ブリブリして歩き廻る)
声 (揚幕より)おーい! (叫びながら一目散に走り出してくる使者。小具足で身を固め、左手に手槍を持ちっている。ドンドン走って本舞台へ)
隊一 待てっ! 誰だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78] (怒りの余憤でよくも見ないで抜打ちにしそうな姿勢をとる)
使者 本隊よりの使いの者だ、邪魔すなっ!
隊一 おお尊公か! どうだ本隊は!
使者 おお! いや話にならん、手に立つものが無さ過ぎるぞ! 日光より宇都宮へ出て、あれより下って、目下、下野|太平山《おおひらやま》だ! 田丸先生以下大元気だ! 通るぞっ! (いい放って門をくぐり山上への道を駆け去って行く)
隊一 そうか、下野太平山か! やれやれっ! (使者とすぐそこですれ違ったらしい前出の早田が門内の道をトットと走って出て来る)おお早田! また水戸へか! 本隊は太平山だぞ!
早田 ウム、忙しくなって来た。知っている。進発かな、いよいよ。真壁の仙太郎いるか?
隊一 うむ、屯所だ。どうして?
早田 山上ですぐ来るようにと呼んでいられる。僕は急ぐから、君、そう言ってくれ!
隊一 承知した! しかし早田、その君、僕というのは止さんか、耳ざわりでならん。仙太に何の用事だ、あれはどうも……。
早田 おいおい、旧弊なことをいうのは止めろ。僕は急ぐから、では頼んだぞ! (小走りに花道へ。隊一はそれをチョッと睨んでいた後で、舌打ちをしてクルリと振返り、右手屯所の方へ去る。花道の揚幕から尻の方から先に後向きになって出て来る段六。此処へくるまでに何度もおびやかされたらしく麓の方を見込んでは顫えながら。本舞台から走って来た早田、それに突当りそうになって踏止り、相手の後向きの姿にビックリして見上げ見下ろす。段六あっちこっちをおびえた顔で見廻しながら、後退りに歩いて七三。早田呆れて見ながら、これも後退り。遠くで大砲の音。ギックリして、やにわに前へ向き返り駆け出しそうにして段六、早田を認め、二度ビックリして、ガタガタとへいつくばってしまう)
早田 何だ、貴様?
段六 あ、あ、怪しい者ではござりません。真壁の、真壁の百姓でござりまする。どうぞお助けを! へい!
早田 フフフ、誰が斬ると申した? ここへなにしに来たか? 天狗隊へ入るために来たのではないようだが? 顫えていないで早くいえ、忙しいのだ!
段六 へい、て、て、天狗隊へ入るのなんぞと、そんねえな、あんた様! こちらにいる筈の真壁村の仙太郎と申す男の少し身寄りの者でごぜます。どうか、あわせてやって下せえまし。へ!
早田 なんだ、それならそれと早く言え、尻の方からなんぞ登って来て! 仙太郎ならば、それ、あそこの矢来のズッと右の方に屯所がある、そこにいる。行け! (言い放ち、走って揚幕へ消える)
段六 あれでごぜえますか、さようで。ありがとう存じまする。いいえ、麓の方からここまで出会う人ごとに四度も五度も刀を抜いたりしておどかされまして、そいで、あんた……。ああ行んでしもうた。やれやれ、ありがてえ。やっと仙太公にあえる! (本舞台へ、ビクビクしながら歩いて行き、柵門の辺まで行きウロウロしていたが思い切って右奥の方へ向けてビクビクもので小腰を屈めながら)へい、お願え申しまするお願えいたします。あのう、真壁村の仙(……そんなところから屯所まで聞こえる道理がない。返事の代りに屯所の方で十四五人の声で「オウ」と叫声がして、後、シーンとする。誰か二、三人の人間が何か命令している声。中に隊二の声で「遊隊の残りおよび一番隊は、三十八名は裏山より別手として太平山へ直行! 遊隊十五名は麓において味方に合し、結城へ。よいかっ! 進発!」という声がハッキリと聞き取れる。同時に隊士二を先頭にして遊隊の十四、五名が一列に並んで右手より急ぎ足に出て来る。中に三、四の軽輩らしい士が混っているだけで殆ど全部が百姓と町人出の者ばかり。前出の遊隊一も二もその中にいる。全部、不揃いではあるが甲斐々々しい戦仕度。緊張して皆無言である。段六など無視して花道へ)
段六 あれまあ! フェー! (めんくらって、飛退り呆然と見ている。大部分が通り過ぎてしまってから、その中に、仙太郎がおりはしないかと思い出して、隊士等の顔を覗き込むようにする)あのう、もし! もし! 真壁村の……。
隊二 駆け足! (十五名は小走りに走って順々に揚幕へ消える。十五名の一番最後に少し離れてついて出てくる仙太郎。左手に抜身、右手に砥石を下げて)
仙太 真壁村……?
段六 おっ! ここにいた、仙太公! お前ここにいたのか仙太公!
仙太 おお段六公ではねえか! お前まあ、どうした? いつここに来た。
段六 仙太公! 俺あ、俺あ、あの……(と何から先にいってよいかわからず、泣き出してしまう)
仙太 まあ落着きなよ段六
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