言うかっ! (スラリと抜剣。ビックリした男二が訳のわからない叫声をあげて飛下って転げる)当所より呼出されたこの辺一帯の物持分限者は三月以来何十人となく出頭した上にすでに御用をつとめている。それをいままで出頭に及ばず、しかも焼打ちを恐れていまごろになってノコノコ出向いてくるさえあるのに、下妻の戸山ともあろうものが、二百金のものを小粒《こつぶ》を混ぜて五十両とは何事だ! それへ直れっ!
隊二 おい待て。此処でやるといかん。われわれの手落ちになって後で叱られるぞ。まあ待て。
隊一 天狗党の挙兵を何だと思うているかッ! 貴様達如き民百姓の膏血を絞って生きている大小の鬼畜を亡ぼすための挙じゃぞ。第一その因業そうなガン首が肩の上にチャンとしてくっついているのからして気に喰わん! 貴様何でも結城藩水野家の勘定方へも大分用立てているそうではないか! 返事をしろ!
男二 は、は、はい……(歯の根も合わず顫えている)
隊一 ふん、水野の勝任なぞという、ヒョロヒョロ大名なんどは、いまに叩きつぶしてやるからな、何千両貸してあるか知らないが、とれはしないと思え。貸すといえば、たしか百姓や商人に田地や家屋敷抵当で貸してある貸金の証文も持参しろといってあった筈だが持ってきたか?
男二 へ、へい。何で、何でござります。急なことで手が廻りませんで、あり合せのものだけをとり敢えず持参いたしましたが……(懐中より幾束もの書類を取出す)
隊一 出せ! (それを取って、見もしないでべりべり破って竈の火にくべてしまう)ざまを見ろ! (男二それらの書類の燃えて行くのを見てハラハラして思わず走り去ろうとするが隊士を恐れて走り去れず、アッ、アッ、アッと悲鳴をあげる)
隊二 (それを見て思わずふき出しながら)おい、ここで焼いてもよいのか?
隊一 構わん、金だけ持たせてやれば沢山だ。
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(この時、揚幕より走り出してくる仲間姿の男。天狗組より江戸へ牒者として入り込ませてあった士である。無言で走って本舞台へ)
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隊二 (これを認めて)おお井上でないか! また、変った姿で、何処へ行っていた?
仲間 おお、江戸だ。諸先輩山上か?
隊一 どうだ、江戸の形勢は?
仲間 面白くない。(早口に)市川・朝比奈などの走狗、書院番士にいた例の吉村の軍之進なあ、小策士め、彼奴などが中心になって策謀の結果、いよいよ武田先生|下野《げや》、尚、吉村は江戸薩摩屋敷などにも出入している。何を始めるかわからぬ。天下の兵を向うに廻すことになるやも知れぬ。緊褌一番のときだぞ! 悪いことに、利根の甚伍左なあ、あれがどんな考えからか知らんが、吉村などの手を経て薩摩の奴等と往来している事実がある。どうしてあれを生かしておくのか、うん、勿論俺が斬ってやろうと一再ならず思ったが、独断専行を禁じられている、一応復命にきたのだ。詳しくはまた後で。通るぞ! (走り抜けようとして男一二を認めて)此奴等は?
歩哨 呼出しで出頭した物持で。
仲間 いまごろにか? (隊士一に)なぜ斬らん? 斬れ斬れ、こんなもの! 後刻! (といい放って門をくぐり奥へ走り去る)
隊一 フーム。武田先生|下野《げや》か。吉村と甚伍左……。
隊二 それじゃ江戸に居たんだなあ……。
男一 ど、どうぞ命だけはお助けを!
隊一 ああ、まだいたのか! 早く行けっ!
男二 あの、それでは※[#疑問符感嘆符、1−8−77] ど、どうも、ありがとうござ……(とペコペコしながら二人は花道の方へ行きかける)
隊二 馬鹿っ! 違うわ、そっちへ誰が行けといった! 山上へ行けというのだ。(男二人のそっ首を掴んで引戻し、門の方へ突きやる。歩哨に)早く! (歩哨心得て、二人を引立てて門をくぐり、こづき廻しながら山上への路へ消える)
隊一 元々あれは、田丸先生の内命を受けて使いに出た者ではないのかなあ? それが吉村や薩賊と往来するなどとは怪しからん。全体田丸先生などいまでも甚伍左を信頼していられるのか?
隊二 さあ、俺はよく知らぬ。……一寸待て。(と右手屯所の方へ去る)
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(遠くで微かに銃声。揚幕の方より仙太郎小走りに出る。身なりは前といくらも変っていないが、素袷すそ取りの胸に黒漆の胴をつけ、草鞋ばきの素足に一個所繃帯し、他にも一二ヵ所血のにじんでいる薄手を負うている。すでに所々に転戦して生き延びて来た男の面魂である。明るいノンキな表情をしている。分捕ってでもきたらしい五六本の大刀――中の二三本は鞘がなくて抜身のまま――を無造作に荒縄で束にくくった奴を肩にかつぎ、自分の刀は腰に閂《かんぬき》に差し、それだけはよいが、どういうものか木綿のしごきで真中をキュッとしばった砥石を、肩から背中の方へ下げている)
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