てよく考え、考えが決った上は断行しろとな。それでよ、考えが決ったから断行しているんじゃねえか! 天長さまが上にござってよ、民百姓一統が仕合せに家業に精出して暮せるようになればいいのだ。俺達にゃそれで沢山だ。そのほかの理屈は、みんな屁理屈だわ! 天狗党は正義の軍だ!
遊二 猪ばかり打っていたので、猪なみの脳味噌をしていやがる。まあ聞け。江戸方が如何にダラシがなくなったといい条、まだ千二千の兵位でビクリとでもすると思っているのは大きな了見違い。井戸の中の蛙が大海を何とやらだ。だから、これをやるには東西呼応して立たなきゃなんねえというので、俺達がこうしてやり出せば長州と因州が起つことになっているそうだ。関東で俺達が江戸のお尻を突っつけば、それ後顧の憂いという奴だろう、西の方には隙が出来る、そこを四方からワッと来て、盛りつぶす手立だそうな。何でも長州から此方に軍資金が渡るという約束になっているげな。何事にも見た目があれば裏があらあ。ウン……三月に軍《いくさ》を起したと同時に、田丸先生、藤田様、藩正義党の方達の名で御老中の板倉様に上書なさって、此方の心持を申上げ、更に因州の池田侯、備前の池田侯にもお願いして、筑波党を攘夷の一番槍にさせてくださるように天長さまから御勅命が下るようにと申されたのだ。宍戸の松平の殿様も幕府に同じ事を頼んで下すったげな。今井さんから聞かされたことだから間違いないて。ところが、どれもこれも、通らねえ。何でも上の人の話を聞くと、通る筈がねえそうだ。うん。みすみす通らぬとわかっていることを何故するか、というのが、攘夷々々で江戸をギューギューいわしておいて、江戸が手を焼いている暇に世の中の立て直しをやらかしちまおうというのだそうな。その辺の具合は俺達にゃよくわからねえが、とにかくお前のいうように、俺達下々の者が安心して家業をはげめるご時世が来さえすればよいには違いないけれど、だからというて、そう一がいには行かぬものよ。
遊一 馬鹿をぬかせ。どうせが家業投げ出してここに駆けつけたからには命を投げ出しているんじゃぞ、俺だけじゃねえ、山にいる何百何千というご浪士達、百姓町人猟師がみんなそうだ。
遊二 あたぼうよ、わかりきっていら。ただ物事には裏があり、そのまた、裏まであるということよ。
遊一 フン、貴様命が惜しくなったのだろう。
遊二 ぶんなぐるぞっ! おっと、汁がこぼれる!
遊一 それでは、田丸様、藤田様、水木様、本田様なんどの大将達が信用ならねえとでもいうのか?
遊二 まだ貴様、からんでくるのか! 信用しねえぐれえなら、俺あすぐ山を下っていらあ。
遊一 それなら、默って上の人達のいうことを聞いていさえすればいいのだ。俺が猪の脳味噌なら、お前のもドン百姓の脳味噌だ。
遊二 アハハハハ、それよ。だからよ、上の人の命令通りに命を投げ出しているんだから、早く戦争をやらして貰いてえというているのだ。味噌汁なんどばかり掻き廻してはいたくねえというのよ。
遊一 俺だとて、二三日前からこの銃《つつ》の奴等を、もうこれで五度位ずつも掃除をしたて。たいがいいやにもなろうわえ!
遊二 そこへ行くと同じ遊隊でも抜刀隊はうらやましい。斬られた者も何十人かいるが、刀あ抜いて斬って廻れらあ。副隊長つき添い、真壁の仙太郎さ[#「さ」に傍点]なんどは、軍《いくさ》が始まってから、あっちこっちでもう十四人斬ったてよ。腕も立つし、度胸も太えし、俺達とは競べものにはならねえが、それにしても運のええお人よ。
遊一 そうだってのう。俺達も早く飛出して、腕かぎり根かぎり斬ったり射ったりしてえもんだ。
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(隊士一が小走りに崖の方の路を降って来て門から出てくる)
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遊二 敵がいさえすれば門前町は大八楼で射ちてえところだろうて? ご愁傷さまみてえだ。
遊一 何を、野郎、またいうか!
隊一 おいおい、またやっとるな。ハハハ。門前町の女どもは少し戻ってきたらしいぞ。あんまり戦《いくさ》が暇でノンビリしているんで、安心しやがったらしい。何しろ寝起きのまま逃げ出した奴が裏山伝いに長襦袢のままのご帰還だ。女体からご本尊の神さんがご出御だと、見張の者がビックラしたとよ、ハハハハ。
遊一 ああ、三木さん。お使いですかね?
隊一 門前町に敵を打ちに行くなら今のうちだぞ。間もなく忙しくなるかも知れんからな。
遊二 そいじゃ、いよいよ、大きな軍《いくさ》が……。
隊一 うん、始まるかも知れん。相手は常野十二藩の連合軍だぞ。幕府が命令をくだしおった。ワッハハ、ふんどしを、シッカリしめておけよ。染川氏は屯所の方だね? (遊二のうなずくのを見て右手へ急いで去る)
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(間。……遊一と遊二が互いにマジマジ顔を見合っている)
(今去って
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