槍がキラキラ輝いている。右側に急造の石の竈にかけられて湯気を立てている大釜。――ここは、天狗党本隊が筑波を出て宇都宮、日光へ押寄せて行ってから数日を経た留守隊の守備線で山上の本拠に通ずる道の第一の番所にあたっている。山麓沼田宿の方、即ち揚幕を出た道は花道から本舞台にかかり、柵の門より奥へ通じ、爪先登りに右へ曲り込み、右手奥に見える崖の上へ消える。右袖にあたって二、三十人の留守軍遊隊と一番隊の一部がたむろしている心持。
 開幕前に男のドラ声で歌――ハイヨ節。初め一人の声で、後、他の一人がこれに和して。
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声 シタコタ、ナイショナイショと[#「ナイショナイショと」は底本では「ナィショナイショと」]。おまえ何をする荷物をまとめ、ハイヨ、逃げて入町のう皆さん、気がもめる、シタコタ、ナイショナイショ。ハハハハハ、シタコタ、ナイショナイショと。
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(歌声の中に幕開く。柵前、左手、桜の下あたりに腰を下して槊杖で小銃の銃身を掃除している遊隊々士一。稽古着に剣道用の胴、草ずりをつけ、大刀を差し、うしろ鉢巻、もも引きにすね当て草鞋ばきで、万事小具足仕立てだが、もともと士ではないらしい。鉢巻からのぞいている髪が町人まげである。桜の幹に四、五丁の小銃立てかけあり。他に柵前右手の大釜の傍で火加減を見たり、釜の中を棒でかきまわしたりしている遊隊々士二、これも同じような小具足いでたち。これまた、思いきりよく向う鉢巻。
 一方は銃の手入れをしながら、一方は釜をかきまわしながら調子をとって歌う)
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二人 ……おまえ何処へ行く、日光を差して、ハイヨ、固め人数の、のう水戸さん、眼をさます、シタコタ、ナイショナイショ。
遊一 テケレッツのアッパッパと。いけねえ、油が切れたわえ。
遊二 油が切れたら、油をつぎやれ、女が抱きたきゃ女を抱きやれと。ハハハ、どっこいしょっ!
二人 (歌)おまえ何をする鉄砲を並べ、ハイヨ、杉の木の間で、のう火のばん、一と寝入りシタコタ、ナイショナイショ。
遊一 日光へ行ったご本隊はいまごろは何をしているだろうな。斉昭公お木像の揚輿を真中にひっぱさんでさ、銃《つつ》、槍、長刀、馬轎、長棹ギッシリ取詰めてエイエイ声で押出して行った時あ、俺も行きたくってウズウズしたあ。何でも街道《かいどう》一円切取り勝手だちいうし、途中取押えに出張っていた諸藩の兵にロクスッポ手に立つ奴あいなかったっていうじゃねえか。こてえられねえなあ。
遊二 手に立つ奴がいないと聞いて、行きたいのだろう? ハハハハ。
遊一 阿呆いうなて! 俺あ軍《いくさ》がしたいのだ。どうしているのだろうなあ、本隊では?
遊二 二、三日前に来た使いの人の話では、何《あん》でも、歌の文句通りだそうだ。(歌)……鉄砲を並べハイヨ、杉の木の間で、のう火の番、一と寝入り、シタコタ、ナイショナイショ。日光にいつまでいても仕方がないから下野を廻って此方に戻ってくるらしいとも言っていたぞ。
遊一 なんにしても、軍《いくさ》が出来ねえのはつまらねえ話だ。ここじゃ攻めてくる奴もないし、ノンビリし過ぎらあ。(掃除をした銃を振って桜の垂枝を叩き落す)こんなものまで咲いているしよ、まるで物見遊山だあ。クソッ! (と銃の台尻を肩につけて観客席をねらって見て)昨日からの結城の合戦にも居残らされるし、腕が唸るぞ。鉄砲にかけちゃ、紫尾《しいお》の兼八敵に物は言わせねえんだがのう!
遊二 それはどうだか知らないが、下の鉄砲だけは、たしかに敵に物はいわせねえとな。ハハハハ、門前町の下の段あたりで、専らの噂だ。
遊一 何をいやがる、打つぞ!
遊二 おっと、危ねっ!
遊一 ハハハハ、丸は入ってねえ、オコオコするなて。
遊二 打たれてたまるか。的が違いやしょう、俺あ大八楼の女《あま》じゃねえ。ハハハハ。時に先刻まで砲音《つつおと》が聞こえていたが、てっきり味方が引いて来てその辺まで追込まれたなと思っていたが、また聞こえなくなったのを見りゃ、盛返して押し寄せたんだ。当分はまだ俺達にゃ軍運《いくさうん》は向いて来まいぜ。
遊一 全体がわからねえ話よ。ガンガン押出して行ってさ。結城だろうと下館だろうと叩き破り、江戸へ出て公方様なんぞ追払ってよ、その勢いで京都へのして天長様へ外敵打払いをお願えすればよい話だ。グズグズしているがものはねえ。
遊二 隣の内から猫の子ば貰うんじゃあるまいし、置いとけ。紫尾《しいお》の山で穴熊や猪を追うていた奴に何がわかるものか。
遊一 んでは、文武館に一、二年水汲みか何かでいただけで元が潮来の百姓の貴様にだって同じだろうが! 加多先生がいつかいうたぞ! 天下のことをわかるのは、お前達だ! お前達がホントウにわからないで、他に誰がわかるか! 自重し
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