ありませんか?
お妙 いいえ。……(何かをハッと悟って、急に青くなり、ガタガタ顫え出す)す、す、すると、あなた、父を、父を、き、斬る……?
今井 ちがう。それ程のことではない。しかしことは迫っているらしい。京都で薩摩の者達ともしきりに往来していられたという情報もあります。雄藩連合等の遠大なお考えがあるのかも知れません。われわれ若輩にはその辺よくわからない。筑波には筑波の見解があるのでしょう。よく知らんのです。……勝手に待たせて貰いますから、拙者におかまいなく、どうぞ。
お妙 はい。……しますと、父が見つかればどう……?
今井 党に取っては功労者です、無下にどうこうということもありますまい。それにどんなことなさったかもご本人からも聞かねばわからぬ、しかし場合に依っては功労は功労として、どんなものですか……これ以上知りません。(段六を見て)この仁は?
段六 へ、へい。
お妙 あの、それは、段六さんと申しまして、お百姓をなさる、私どもの世話をなさつて下すっています。……あの真壁の仙太郎さんの小さい時からの兄弟のような方です。
今井 おお、真壁の仙太郎君の?
段六 へい。……仙太公、あんた様ご存じでえすか?
今井 あんな小気味のよい男は無い。大丈夫だ。ハハ。忙しくて暫く会わぬが、加多先輩の手で、たしか門前町下辺を固めている筈。
段六 へ! すると筑波におるんですか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] 筑波の下で見かけたなんどという人がいたが、んじゃ噂は本当だったのじゃ。何てまあ、軍《いくさ》なんど、よせばいいに!
今井 会いたいのか? だが山はいま危いぞ。
お妙 私も仙太郎さんには色々お世話になっております。
段六 (長五郎のことをヒョイと思い出し、戸棚の方をキョロキョロ見ていたが、やにわに)嬢さま、おら、んじゃチョックラ行って来ますぞ。早くあのこといって……。軍なんど止めてここへ引戻してきますよ、嬢さま。それに(とむやみに慌てて上にあがって、戸棚の方へビクビクしながら近づいて、仙右衛門の位牌をさらって、持っていたフロシキに包んで懐中に入れ、その間もソソクサ歩いて土間に降りる)……一刻も……。(といきなり頬被りをして急いで外に行きかける)んじゃ、じき戻ってくるで、嬢さま!
今井 待て。ならぬ! 外へやることはならぬ! (という間に、段六は走って外へ出て行ってしまう)こら、止れ、ムッ! (小束を抜いて開いたままの戸口へ向ってパッと右手をひらめかす)
お妙 (同時に)あっ、危いっ! (この声のために少し手元が狂ったのか、小束がカチンといって、引戸の上のサンに立つ。それと見て今井サッと立って行きかける、お妙早口に)いいえ、今井様、あれは仙太郎さんと私どもや子供達のことを心配するだけで、決して他意のない者でござります。父などの行方はおろか、まだ一度もあったことさえない……。
[#ここから3字下げ]
(いい終らないうちに、戸棚の中にいながらこの場の様子を聞き澄していた長五郎、筑波に仙太郎がいると聞き、そこへ段六が駆け出して行ったのを知って、もうたまらなくなり、ガラリと戸を内から引開けてパッと飛出して、土間に飛下り、戸口へ。気配を知って振向いた今井、ギョッとする)
[#ここで字下げ終わり]
今井 (戸口に立ちはだかり)おお、誰だ! 貴様?
長五 おっ、通してくれ! 畜生、あの土百姓め! さむれえ、退けっ!
今井 ならぬ!
長五 野郎、唐変木! (道中差しを抜いている)くたばれ! お嬢さん、餓鬼あ頼んだぜ!
お妙 あ! あれ、危い!
今井 行かせることはならぬ! たってとあらば……(いう間も無く長五郎が襲いかかって来るので、これも刀を抜いて一、二合あしらう。長五郎、相手が抜いたのを見て、一つ二つ斬込んだ後、パッと四、五歩飛退って気合いを計っている。今井、眼は長五郎の方を睨んで身構えしながら)……お妙さん、この男は?
お妙 長五郎さんとやら、仙太郎さんを斬りにきた人……。あれ、危い! ああ……。
今井 出してやること、ならぬ! 刀を引け! 引かねば……(グッと上段に構えなおす)
長五 (ツツと後へ退りながら)斬って見ろ! 二本棒め! 畜生! ち、ちッ! (腰を引き、突きの構え。そのままで間。今井がオウ! と気合いをかけて一二歩出る。長五郎が右へジリッと廻り込み、突き出した刀がスッスッスッと揺れはじめる。今井の斬込みと、長五郎の必死の突きの一瞬前)[#地付き](道具廻る)
[#改段]

5 筑波山麓道

[#ここから2字下げ]
 カット明るい晩春の日の真昼。
 沼田宿より筑波山上に通ずる一本道。舞台正面に道をふさいで、急拵えに生木の棒杭で組上げられた物々しい柵と中央の門。左袖に花をつけたおそ桜二、三本。柵の前、門の両側にズラリと突立てられて並んだ抜身の長
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