しはできません。まして、この家に金といっては一分もありません。嘘だとお思いならば家捜しでも何でもなされませ。ただ子供達に手荒らなことは……。
徒二 弁口無用っ! 敢行っ!
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(六人が結束して、板の間に上りかかる。避難民の中から「アッ! アッ! 危ねえ嬢さま、危のがす、嬢さま! アッ!」と思わず叫声。――丁度そこへ、開いたままの戸口から無言で音も立てずに入って来た旅装の士一人。前場に出た今井である)
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今井 待て。
徒一 何を! おお、……尊公は何だっ! 邪魔をすると手は見せぬぞっ!
今井 ハハ、見らるる通り、拙者は通りがかりの者、悪いことはいわぬ、乱暴は止められい。
徒二 控えろ! 正義を行なうに何が乱暴だ!
今井 正義? これが正義か? では尊公等は全体どこの何という方だ? それが聞きたい。
徒一 ええい、われわれは筑波党天狗隊々士!
今井 ほう、天狗隊? アハハハ、左様か。ハハハハハハ。
徒二 笑うかっ! 何がおかしい!
今井 それならばおたずねしよう。尊公等は藤田先生組か? 田丸先生組かそれとも加多先輩つきか? (相手は何とも返事をしない)……何隊、何番組の諸君だ? 聞きたい。それとも本田先生の遊隊か? 聞かして欲しい。……(暴徒等返事ができずに少したじろいでいる)……できまい、返事は。当時、処々方々で天狗隊と称する者が民家を荒しているというが、尊公等もその一つ。悪いことはいわぬ、このまま引取って以後かかることをせぬよう。
徒一 いわして置けば熱を吹くか! そういう貴様こそ、誰だ、それ聞こう?
今井 (大喝)黙れっ! ……(再び前の普通の調子に戻り)ハハ、いや、貴公等がかかることをするのも、その日に窮したからのことであるのはわかる。悪いのは貴公等ではなくて時世だろう。しかしそれならば、党の名をかたって賊同然のことを働かずに、なぜに筑波へ行かぬ? 志を以って馳せ参ずれば、士、浪士、町人、百姓、無頼窮民に至るまでそれぞれに義軍に加盟させる点で天狗党は断じて吝ではあるまい。どうだ? 今夜のところはここをこのまま引取られよ。第一この家に金はあるまい。それから、貴公等は知らんだろうが、この家は天狗党でズッと働いていた郷士利根甚伍左の住居だ。ハハハ、場所が悪い。(暴徒等は殆ど毒気を抜かれてしまっている)……それともどうあってもといわれるならば、仕方なし、拙者がお相手になる。(暴徒等默して動かず。今井、ユックリと道中半合羽を脱ぎ仕度をする。半合羽を脱いだのを見ると、捕手を斬り抜けてでもきたのか、白っぽい着物のわきから袴へかけて、多少の返り血、左二の腕にかすり傷でも負うたらしく、着物の上から手拭でキュッとしばっている。その手拭にも少し赤いものがにじんでいる。今井の態度が静かに落着いているだけにこの姿はギョッとする程の印象を与える。今井、大刀の束《つか》に左手だけを掛けて、無言で暴徒等を見渡す。……間。すでに気を呑まれてしまっていた暴徒達、何もいわずスゴスゴ歩んで戸口から出て行く。)
今井 (それを見送りおわり、息を呑んで静まり返っている避難民、お妙、段六などをつぎつぎに見た後)……前申した通り、甚伍左氏のご住居だな? (お妙に)御令嬢ですなあ。
お妙 ……ど、どうもありがとう存じ……はい、さようでございますが、そして、あなたさまは?
今井 利根さんにまだご面識は得ておりませんが、玉造文武の今井という者です。利根さんのお在りかを承りたい。
お妙 では父は筑波には居ないのでございますか?
今井 フーム、すると?
お妙 もう随分永らく戻っては参りません。
今井 しかし大体の見当はおありでしょう? 京とか、江戸とか、水戸あるいは中国九州筋か。
お妙 父のいるところならば、私の方からおたずねしたいのでござります。
今井 それは信じられぬ。……ともあれ、此処へ戻ってこられるまで、いや、せめて大凡の見当のわかるまでここで待たせていただきます。
お妙 どうぞご随意に……。しかしなぜまたそのように?
今井 いや拙者はよく知らぬ。利根氏を迎えて来いと命じられたまでです。ご免。(と上りがまちに腰をおろす。土間の隅の避難民達「ありがとうごぜました、どうもはあ」「ありがとうごぜました」「嬢さま、まあだ納屋をお借りいたしやす」等いって、怖々戸口から外を覗いてからゾロゾロ出て行く。万事こんなことはチョイチョイあるらしい取りなし。お妙無言でそれに会釈する――間)
お妙 父の身に変った事でも……?
今井 さあ……。
お妙 どうぞお願いです。聞かせて下さいませ。
今井 さあ……。とにかく拙者の知っていることは利根氏が何か面白くないことをなすっているとか、何でもそんなことです。会津の者、または水戸諸生組奸党の者がここへ来たことは
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