もいないと思って出て来たらしく、音に驚いて振向いた仙太の姿を一目見るや、ギョッと立止る)
甲 おおっ! やっこ、此処にいやがったな! さ、出せ、寺と場銭をスッカリ出せっ! お、俺あ、このほり[#「ほり」に傍点]物で見知っているだろう、場で中盆を預かっていた葛西の新次だ。そいつを持って逃げられた日にゃ渡世の顔が立たねえのだ! さ、出せといったら黙って出せ! (仙太返事をせず)……出さねえな? バクチ打ちの作法も冥利《みょうり》も忘れた野郎だ、よしっ! 命あ貰ったから覚悟しろっ! (と右肩越しにドスを抜くやバッと仙太の方へ斬り込みそうにするが、及び腰になって首を下げてすかして睨んでいる仙太の沈黙に気押されて、却って一、二歩後すざりして、刀を上段に構え直す)……ウッ! (今度は再び中段に構え直す。直すや思い切って切先を少し下してセキレイの尾のようにヒタヒタと上下に揺りながらツツツと二、三歩でて来る。両眼が血走って釣上ってしまっている。と同時、気合いも掛けないで仙太郎、刀を抜いたのと踏込んだのと殆ど一緒、右真向に斬りつける。それがタタッと下りながら、あわてて刀を上にあげて防ごうとした甲の刀と右小手と右肩口に同時に打下ろされてガバッ! とひどく大きな音がするが、どうしたのか斬れはしなかったらしい。矢継早やに仙太郎、流れた刀のはずみに乗って、甲の腰へ斬りつける。斬れない。甲がフラフラッとする所へ、ダッと体当り。甲、ワッと叫んで谷へ。転げ落ちながら「此方だ! 此処だっ! おーい、此処だ!」と叫ぶ声。それを見すました仙太郎、抜身をすかして見るが、暗くてよく見えないので焚火の方へ戻って火の光で見る。ササラのように刃こぼれがしているのだ。思わず感心して刃に指を持って行こうとしたトタンに、同じ右手から風のように飛出して来た抜刀の博徒乙、――これは着物を着ている――何とも言わずに斬りつける。オウといって身をかわした仙太、剣法も何も無い棒撲りに撲る。乙倒れる。仙太襲いかかって棒で犬でも叩く様に刀で二つ三つ撲ると、乙がウーンと唸って眼をまわしてしまう。再び焚火の方へ戻って来て右手の刀をヒョイと見ると、鍔元の辺からグニャリと曲ってしまっている。仙太は呆れてしまってそれをマジマジと見ている。――やがてそれをポイと捨てて失神した乙の方へ行きその刀を拾って見ると、これ又仙太に撲ぐられたはずみで切先五、
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