方臭いというんで、まだ後からも人が来るでがしょうが、まあ見ねえふりをしていておくんなせえ。
今井 小気味のいい奴だなあ。
喜造 冗談おっしゃちゃいけねえ。ま、ごめんねえ。
加多 おい、門前町から社へかけて奉行所、八州、又は代官所の役人らしい者は立廻っていないのだろうな?
喜造 へえ? いいえ、さあ、どうですか。
加多 そうか、よろしい、行け。(いわれて喜造、ブツブツ言いながら元来た方へ引返し歩きはじめる)
加多 ……(今井と顔を見合せ、刀を鞘に納め)アハハハ、ハハハ(今井も哄笑。七三の辺で二人の笑声でビックリして立止って振返る喜造。呆れて見詰めている。とまた出しぬけに付近の山を捜して走り廻っている人々の叫声が奥でおこる。喜造われに返って、揚幕の方へ振向こうとするトタンに、何の前ぶれもなしに揚幕から走り出して来る男。足拵え厳重、裸、手拭、頬被り、切り立ての白木綿の下帯腹巻、その上に三尺をグイと締めてそれにゴボー差しにした鉄拵え一本刀。脱いだ素袷で持ち重りのする寺箱と大胴巻をグルグル巻きに包んでこれを左わきに抱えこんでいる。この異様な風態の上に裸の右肩先に、返り血だろう、紅いものをつけている。
 ダダダと走って来て、丁度ヒョイと振向いた喜造の胸に、頭突《づつき》をくれんばかりに迫る。おッ! と叫んで、とっさにバッバッと五、六歩、舞台袖のところまで飛退る喜造、突出した抜身越しにすかして見る)
喜造 おう、やっこ、待てっ!
男 (見すましてチョッと立止った後)ガッ! (と叫んでドッと体当り。持った刀を揮う暇もなくワァッ! と叫んでデングリ返った喜造、はずみで足を踏みすべらしドドと音がして悲鳴を上げながら奥の谷へ転げ落ちる。男はそれをよくも見ないで、小走りに右手の方へ舞台を横切りかける。既に今井は岩蔭に、加多は竈の凹みに身をかくしてこの様子を見ている。男、下火になっている焚火をヒョイと認め、足を止め、前後を見廻している。やがて何と思ったのか、ウムといって火の傍に包みを下し、それに腰をかけ、眼は油断なく尾根の方と峠路の方をかわるがわるすかして見込みながら、頬被りを取り、肩先を拭う。真壁の仙太郎である。
 間――。
 右奥からザザッと音を立てて走り出て来る博徒甲。これはまた思いきりよく素裸、全身に刺青をしたやつに腹帯下帯だけで散らし髪、ドスは下緒で斜めに背中にくくりつけている。誰
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