六寸折れてない。それでもまだ自分のよりはまし[#「まし」に傍点]なので、それを握り突立ったまま、シーンとした四辺の気配に気をくばり、見廻している。静かな中に、右手、谷の傾斜、左手奥などから此処を取囲んで迫って来る七、八人の気配。かすかな足音など。……間)
仙太 (荷物の側にピタッと坐って、折れ刀をカラリと土に置き、まだ姿は見せぬ追手に向ってかなり大きな声で)……まっぴらごめんねえ。一天四海、盆業渡世にねえ作法だ、ねえのを承知でお騒がせしましたこのおいら、逃げも隠れもするこっちゃござんせんといいてえが、今夜のところあ逃がして貰いてえのだ。逃げてえのだ、へい、貸元衆! お前さんちの前で口はばってえいい草だが、おいらあ人を斬るのは嫌えだ。斬れもしねえ。……聞いて下すっているかね、貸元衆、俺あご覧の通りの名も戒名もねえ渡り鳥、ホンの昨日今日かけ出しの三ン下でえす、へい。しかし筑波を荒したのが三ン下にしろ渡世人のはしくれだったと、後で世間に聞こえて皆さんのお顔にかかる心配が有りゃ、ぬすっと[#「ぬすっと」に傍点]にして下すっても結構でがんす。ぬすっとに金を盗まれて顔がどうのということもねえ。俺あぬすっとです。へい、ぬすっとだ。そのぬすっとも、これだけの金、うぬが栄耀《えいよう》栄華に使おうと言うんじゃねえ、何十という人の命が助かるのだ。お前さん方にすれば今晩一晩の賑やかし、これっぱっちの寺や場がなくても、市あ栄えよう。お願えだ、貸元衆、今夜のところは、お見逃しおたのん申してえ。仕事を済ませりゃ、えり垢洗って出直して参りやす。おたのん申します。同じ無職の人間が口をきいていると思やあ腹も立とうが、そうじゃねえ。百姓の子が火のつくように泣いているのだ。皆さん衆の荒みあがり、それもホン一晩のところ、あっしに下すったと思わねえで、其奴等に恵んでやったと思って、今日のところあお見逃し下せえ、貸元衆、真壁村の仙太郎、恩に着ますでござんす。へい……(返事無し。その間、今井がこらえ切れずなって岩蔭から出て行きかける。加多も凹味から首を出して四辺を見る。と、既に無言で谷間の方、右手左手の三方から仙太を目がけて迫って来かかっている七八人の人の姿と、木立の間でギラリと光るドスが見られるので、加多片手をあげて今井に出るなと制する。物凄い空気だ。仙太、坐ったままジリジリと後すざりする)……おいらあ、斬り
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