まるで蜂の巣だ。もう口も利けねえ。「仙太郎か、お妙を頼む」って、それだけいうと、ゴットリ。俺あ!
加多 そうか……。(永い間)……それで、綺麗な人だったように憶えている。……お妙さんは、どうしている? 知れぬか?
仙太 筑波門前町下で女郎になった。……まだ館山にいる時分、段六が人に頼んで知らせて来た。
加多 女郎に? なぜにまた、そのような……?
仙太 ……養ってやらねば行方《ゆきかた》のねえ子が十人からいる。……俺も実あ、女郎と聞いて、いくら何でも程があると怒って見たが……、考えて見ると、あの人は、それ位やりかねねえ。それにいまどき、若い女の身そらで、二十と三十とまとまった金を掴むにゃ、ほかに手はねえ……。
加多 そうか。……それにしても……。ウーム。(気を変えて、無理に少し笑って)仙太郎、お前あの娘に惚れていたろう?
仙太 なんだって、加多さん? ……馬鹿にするのか? (といっても、怒ったのとは違い、手の平で鼻の辺をこすり上げている)
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(間)
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加多 ……(急にマジメになって)仙太、お前、ここから帰らぬか、国へ?
仙太 (暫く相手の意味がわからず見詰めていてから)……な、なんだって、加多さん?
加多 ここを引払って常陸へ帰れといっている。
仙太 しかし、これだけの人数をオイソレと……。
加多 いや、お前一人のことだよ。
仙太 俺一人で帰れと※[#感嘆符疑問符、1−8−78] そ、それは何のことだ?
加多 ……最早全軍の運命も大概知れている。あと十日か半月――。
仙太 ハハハ、それなら俺もたいてい察していますよ。死なば諸共だ。一蓮托生、うらみっこなし――。
加多 それを助けたいのだ。――それに都合も悪い。
仙太 都合が悪いと?
加多 武田先生、藤田氏以下先輩諸氏を少くとも十人余は――生き延ばしておかねばならぬ。たとえ、その余の人間は全部死んでも。――いやこのままで行けば全部が全部一人残らず死罪あるいは斬罪をまぬがれまい。つまり、――士分以下の者までもかたらった挙兵だと見られては一揆または単なる暴徒と見られても仕方がなくなる訳。そのために――。(言いにくくていいよどんでしまう)――(間)
仙太 だから帰れと――?
加多 つまりが、そうだ。……仙太、加多源次郎、今こそ恥じ入る。……何とでも思ってくれ。だが拙者とても十日後
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