太郎さん!
仙太 じゃ、あんた方どうあっても行くのか?
甚伍 妙、それでは、身体を大事にしろ。ここにこれだけある。(懐中に持っていた金をスッかり出して娘に渡す)どうしても困ったら、筑波門前町、町の口利きで、たしか女郎屋もやっている亀八という男をたよって行け。お前は生きておれ。まさかとなれば女郎にでも何にでもなって生きておれ。
お妙 お父さんは?
甚伍 水戸へ行く。生きて会えると思うな。
加多 それでは、甚伍左?
甚伍 行きやしょう、一緒に。
仙太 すまねえが、皆さんの有金ソックリ出していただきてえ。(自分のをまず一番に出して次々に皆の出す金を集めて、お妙に)これは私達にゃもう要らねえ物だ。お妙さん、子供達を育ててやって下せえ。私あ、あんたのことを女房だと思って死にます。
お妙 あい。
加多 よし! それで、よし! さ、打出よう。宍戸を抜けるまで、これだけ七人、必ず別れ別れになってはいかんぞ、よいかっ! (奥の間が燃えはじめたらしい。パチパチバリバリッと音がして、黒煙と、焔の反映で、ここまで赤い)仙太郎、お前が先に立て! 拙者がしんがり[#「しんがり」に傍点]をつとめる。離れるな、斬らないで駆け抜けろ!
仙太 水田に踏み込まぬよう用心するんだ!
甚伍 よし! 妙、さらばだ。さ、一緒にトキを!
加多 よし、おおおっ! (抜刀を差上げる。それにつれて七人が一緒に抜刀、おおおっ! と喚声をあげる。家のこわれる響と火事の音とに混って、その辺に鳴りひびく)
仙太 お妙さん! (パッと駆け抜けて戸外へ飛び出して行く。つづいて五人、最後に加多がそれを追って走り出て行く)
お妙 仙太郎さあん! (戸外へ)[#地付き](幕)
[#改段]
9 越前、木芽峠
[#ここから2字下げ]
十二月。深い積雲の山間の曇った昼さがり。幕軍の包囲を衝いて湊を逃れ出でた末、京都に上り慶喜について陳情せんと、途々諸藩の兵と戦いながら中仙道を一旦美濃に出で、ついで北陸に道を転じてここまで来た天狗党の残党約八百人が、すでに十日ほども屯集している山中。
その本営から少し離れた台地。ここは山の風蔭になっていると見えて積雪はさまで深くない。左奥は暗い断崖に終っている。右手に谷より登って来る小道。正面奥は谷に開け、その空を一杯に鉢伏山の姿がふさいでいる。
誰も見えず、静かだ。離れた本営の方からドードードーと響
前へ
次へ
全130ページ中105ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング