しくじりましたねえ。
加多 ムッ、……無用だっ!
甚伍 あんたあ、抜く気か? それもよかろう、斬られてもよい。だが、あんた方あ水戸の方へ行っちゃいけねえ。……行っちゃいけねえ。穽に落ちるようなもんだ。宍戸様の手と合して水戸城を落して立籠る積りだろうが、それが穽だ。まだ考えが青いや。
加多 何をっ!
甚伍 ま、ま、しまいまで聞いてからでも遅くねえ。目先の見えねえにも程がある。江戸じゃこの騒動を口実にして、水戸藩の持っている幕府での勢力と、それから、勤王派とを、両方とも一気に叩きつぶして邪魔を除こうとしているのが、わからねえのか? 落し穴だ。小石川のお上《かみ》を動かし、佐藤、朝比奈などという人を幕府がけしかけたのも、お前さん方は知らねえのか? 毒で毒を制しようというのだ。江戸が衰えたとはいいながら、まだそれだけの役者はいますぜ。水戸藩あたりの田舎千両役者たあ、打つ狂言のケタが違う。そんなことを少しも考えねえで、水戸へ駆け出して行って、あとはどうなるんだ? 田沼の手が、やれば手易くできるのを、一気にこの近まわりで天狗党を蹴散らそうとしねえのも、ジワジワとお前さん方を水戸へ押し詰めて、そこで根こそぎぶっつぶそうというコンタンからだ。
加多 ……甚伍、拙者が抜こうとしたのは悪かった。
甚伍 よし。それで加多さん、お前さん知っているかね、幕府では湊の方へ軍艦を廻しましたぜ。もっとも出発のときの理由は、水戸城に籠城したお為《ため》派鎮圧のためということになっている。が、実は――。
加多 フーム、そうか。
甚伍 戦争は戦争で。みすみす勝ち目のねえ駒を差すてえ法はねえ。行っちゃいけねえよ、加多さん!
加多 いや、行く! 行かねばならん!
甚伍 意地か? つまらねえ。そんな小さな意地で、元も子もなくなれば、あとはどうなるんだ? 生かしておけば国の礎ずえにもなろうという立派な人物や若者を何千何百と殺して、それでよいのか?
加多 あとのことを考えるから、われわれは死なねばならんのだ。生きていて、ことを果す者もいる、死んで生きていた以上のことを果す者もいるのだ! 肥料になる者は、死んで腐らねば、その上に生える草木の肥料にはならん。考えてみろ。われわれは、その肥料だ。死んでよいのだ。肥料で悪ければ種《たね》だ。種は種としては死んでしまわねば、それから新しい芽は生えて来ぬ。新しい芽のために死ぬ
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