っている、井上とも今井にも会って聞いた。内輪喧嘩がどうしたと? 内輪喧嘩のない仕事があるか! 馬鹿、さあ来い! キリキリしろ! (いきなり仙太郎の襟がみを掴んでいる。放っておけばそのまま表に引きずり出して行きそうである)幕軍がツイそこまで押して来た!
仙太 (襟を振りもぎって)何をう、しやがるんだ!
加多 命が急に惜しくなったのか?
仙太 もうその手は食わねえよ、加多さん。第一、行かねえとはいっていねえ。命が惜しくなったかといって怒らせさえすりゃいうなりになると思っているのか? おっしゃる通り命が惜しくなったと言やあどうする気だ? よし、まず、これを見ろい! (と懐中から位牌を出して土間にガンとおく)
加多 何だ、これは?
仙太 読んで見な。百姓仙右衛門。……俺の実の兄きだ。……俺が手にかけた。……抜刀隊で働き出した去年の暮、それと知らずに俺がやった。親とも思い、おふくろと思ってたずね捜していた、かけがえのねえ兄きだ。……加多さん、俺あこれだけのことをしているんだ。命が惜しくなったのかといわれても、もうツンとも応えはしねえのよ。通り越しているのだ。
加多 フーム。(位牌を睨んでいる)
仙太 ……そのほかにも斬っちゃならねえ人を何人手にかけたかわかりゃしねえ。何のためだ?
加多 (大喝)馬鹿っ! 死ぬ者は死ぬ! 文句を並べるな! こんな物が何だと言うのだ。どうにかすれば、これが生き返ってでも来るか? 見ていろ! (いきなりバリバリバリと位牌を踏みつぶして、砕いてしまう)
仙太 加多っ!
加多 天狗党隊士真壁仙太郎として湊で死なしてやる! わかっている! いいから来い!
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(再び仙太郎の肩を掴み、仙太郎もあえてそれを拒まず、戸口へ歩みかけるそこへ丁度外からヒョイと飛込んで来た人影とぶっつかりそうになる。入って来たのは旅拵えで、左肩から腰へかけてまだ繃帯をした甚伍左である。三人同時におお! と低く叫ぶ。加多と仙太郎は飛下っている)
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加多 ……甚伍左!
甚伍 加多さん! ……仙太郎!
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(そのまま三人が土間の三方に突立ったまま、互いに眼と眼を見交したままジッとして動かなくなる。……永い間。
少し離れたところをかなりの人数が走って行く叫び。遠くの砲声、銃声)
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甚伍 加多さん、事あ、
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