うだっ! (叫ぶのと一緒、片膝立ての居合いの体勢でパッと大刀を抜き、抜き打ちに兵藤に斬りつけると見せて、腰をひねったと思うと、一間ばかり離れて中腰でいる吉村へ斬り込む。吉村不意を打たれて、トッサに刀のツカでガッと受けは受けても、どこかを少しかすられたらしい)
吉村 (パッパッパッと六、七歩右奥へ畳を飛びさがって抜刀)卑怯っ!
井上 卑怯は貴様だ! 侫漢め、覚悟っ!
兵藤 (井上は自分に向って斬ってかかったもので、それを吉村が防いでくれたのだと思い)頼んだ! 危ない、甚伍左! (と縁側を飛降りてくぐり戸から外へ走り出て行く)
吉村 (ジリッと平正眼に構えながら)それでは、初めからその積りで……? 筑波の命を受けてか……?
井上 言うなっ! 勿論だ! お為《ため》派奸党のふところ刀などと、ことごとにわが筑波正義党へ向って小策を弄し、あまつさえ、薩長にまで手を伸す犬め、許す訳には行かんのだ。おおっ! (と、おめいて踏込んで行こうとする)
吉村 ようし、それなれば……(と、刀をスーッと上げて八相上段に構えなおす。が、其の天井が少し低いのを見て取って、片八相、斜上段になる。人物技量ともに井上とは少し段違いらしく、井上は押され気味である。双方無言、呼吸をはかっている。――間。タタッとくぐり戸から走り戻って来る甚伍左)
甚伍 誰もいねえ、変な奴を見たように思ったが……(言いながらヒョイと座敷の方を見てびっくりする)あ、何をなさるんだ、お二人! ま、待ってくだせえ! 引いたっ! (縁側へ飛上る)引いたっ! 話せばわかるんだ。短気なことを!
吉村 此奴、初めからその気でいたのだ。危い、退って見ておれっ!
井上 ウッ!(ツツと進む)甚伍、貴様の命も貰ったぞ!
甚伍 チッ、チッ、チッ! 人の気も知らねえ! しかし私を斬るというなら斬られようから吉村先生はいけねえっ! 水戸の藩論をまとめるクサビになっている人を、殺そうてえのかっ! 後で、後で、悔んでも追っつけめいぜ、引いたっ! いけねえ、こ、こ、こ、兵藤さん、兵藤さん! (いっている間も吉村と井上の気息は烈しくなっている。吉村一、二歩出る、井上それだけ退る。吉村、刀を頭上に構えたまま、少しユラユラ揺りつつ、右へ少し廻り込む。井上の方は壁に背をつけるくらいにして、少し呼吸が乱れ、眼が血走って来る。甚伍左は隙があれば二人の刀の間に割って入ろう
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