いが、兵藤氏が居られる。無駄となればこの上なし。頼む。
士乙 承知いたしました。(甲に)行こう。(乙は皆に一礼して再びくぐり戸の方へ行き消える。――間。一座が緊張したまま白け渡る。士甲は不安そうに座敷の四人を見ている……)
[#ここから3字下げ]
(出て行った乙が二重になった塀の外のくぐり戸を開けて出たと思われる頃、その方で突然抜打ちに斬りつけたらしいガブッという音と同時に誰が斬られたのかワッと叫ぶ声。あとチョイとシーンとしてから、内側のくぐり戸に外からドシンと物が当ってパッと開き、左肩の辺を斬りつけられているらしい士乙が四、五歩ヒョロヒョロ飛込んで来るなり、真青な顔を引きつらせるようにして皆に向って何か警告をいおうとするが、口が開くだけで声は言葉にならぬ。オッ! と叫ぶ士甲。乙は抜いて持っている刀で塀外の方を指し示すような身振りをして、身体を支え切れず前へしゃがみ込むような具合に植込みの方へ倒れてしまう。瞬間五人は開いたままのくぐり戸から誰か躍り出して来るかと、息を止めて見詰めるが、外はシーンと静まり返っている。甲が目が醒めたようになり刀を抜いて小走りにくぐり戸の方へ行き、チョッと外を覗いて気をくばって出て行く)
[#ここで字下げ終わり]
兵藤 長田、注意して! 相手は塀の右手!
[#ここから3字下げ]
(甚伍左が縁側を飛下りて倒れた乙を介抱に行く)
[#ここで字下げ終わり]
甚伍 しっかりなすって! ウム、こりゃ。……
[#ここから3字下げ]
(と同時に再び外で前同様の響きと叫び。今度は一、二合刀を合せたらしいが、斬られたのは士甲らしい)
[#ここで字下げ終わり]
甲の声 ツ、ツ、皆さん、早く逃れてください。逃げて! (といいざま第一の塀と第二の塀の間で倒れたらしい音)
甚伍 よしっ! (叫んでくぐり戸を外へ出て行く)
兵藤 こら甚伍左! 待て、危ない! 待てっ! (瞬間いまにも塀外で甚伍左か刺客かの悲鳴があがることを予期した緊張。しかし塀外は静かで、何者かを追うてでも行くらしい甚伍左の足音だけが聞える。三人とも、いつの間にか刀をシッカリと握っている)
吉村 (兵藤を睨んで)これは?
兵藤 いや左様なことはない! 長州の人間ではない! これは……。(井上をグッと睨んでいる)
井上 フン。……兵藤氏、貴公、乳臭児といわれたな?
兵藤 いったが、如何した?
井上 こ
前へ
次へ
全130ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング