ンモノでした、今でもそう思います
それだけは小さい私にもわかりました
それが私を動かしました
それは母さえも動かしたのです。

母はただ物がたい家に生れ育って
厳格な父のもとにとつぎつかえて、
まだ若くして夫を失い、その遺児の兄と私を
僅かばかりの遺産を細々と引き伸ばしながら育てて来た
気の弱い、情のこまやかなだけの女で、かくべつの取りえもない
ただ一つ人間に大事なものはミサオ――節操というもので
それさえあれば人は人としてどのような場合でも
恥じることはないと思っており、おこなって来た女です
それだけに、兄の思想を遂にわからず
牢屋に入ったり病気になった兄の身の上を
ただ動物の母のように身を細らせて心配するだけでしたが、
次第々々に、兄の思想に対する一徹さに
自分の息子は、すくなくともハレンチな無節操な
腰抜けではない。
私はこんなセガレを育てた事で、死んだお父さんに申しわけがない事はないと思うようになったようで
おしまいの頃は、自分だけの胸の中では
母親としての誇りのようなものを感じながら
兄をみとっておりました。

そのようにして、眠ったような南の国の城下町に、
三人が、からだを
前へ 次へ
全91ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング