病気にたおれて、もう命の長くないことを知っているために
自分が生かし得なかった意志を生かしてくれる者に
妹の私をなそうとして
大いそぎに、あわてて、いっしょうけんめいに
何もかもいっしょくたに、つぎこみにかかります
兄の身と私の行く末を心配して
ハラハラとただ眺めるだけの母をよそに
病床で熱と火のために目を輝かし、顔を赤くしながら
セキを切って流れる水のように
女学生の私を教え叱り言いふくめます。
すべてが何の事やら私にはわかりませんが、
兄のいう通りにしたのです
なぜなら私は兄が好きでした。
兄のいう通りに勉強することが
兄を喜こばせ、兄を元気づけ
兄の命を半年でも一年でも引き伸ばすことができるならば
どんな事でも私はしたでしょう
それに、兄の思想は悪いものには思えませんでした
それは何よりも先ず、自分一人の利益のためでなく、
働らいている貧しい、たくさんの人々を
幸福にするための思想でした
思想の組み立ては私によくは、わからなかった
しかし思想の土台になっている考えは、わかるような気がしたのです
それに、そのような思想家として
兄はホンモノでした、それを身をもって生き抜いた

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