方向にスタスタと歩いた
その川は、これまでに、たくさんの人の命を呑んだ川
そうだ、あの時私も飛びこんでもよかった
しかし不思議なことにその時はそんな事は考えつきもしなかった
生きるとか死ぬとかの、もっとズッと向うの方へ歩いていた
川は、畑や林や森かげを縫い
ポツリポツリと家々の影をうつし
秋の終りの人声と物音をひびかせて
まだ暮れきらぬ夕空を映して
たそがれの東京の町なかへ流れ入る。
流れと共に私も町なかへ入る
川も私も何も考えない、何も感じない
水がだんだん暗くなって来る
私の姿もだんだん黒くなって来る。
どのへんだったか、おぼえがない
しばらく前から聞こえていた足音が近づいて
「おい君、どうしたんだ?」
声に振り向くと、ヨレヨレの復員服と
アカづいて青黒い顔色で明らかに
復員したばかりの男だ
「病気かね?」と言う
答える気にもならず又歩き出すと
うしろからユックリとついて来ながら
「そんなにヒョロヒョロして歩いていると
たおれて川へおっこちるぜ」
それに私は答えなかった、よけいなお世話だと思っている
男は別に怒ったふうでもなく、また、それ以上馴れ馴れしく近づいて来る様子もない、野良
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