がある
それを見ていた
私はそれを見ていた

ヒョイと気がついて我れに返ると
向うの部屋で奥さんと子供さんの三人が
声をそろえて歌うインタアナショナルが
幼なく、ういういしく、明るく流れて来た
それがインタアナショナルである事を私は知っていた
小さい時に兄から習って、おぼえている。
こちらの客たちと先生は話をやめて
ほほえみながらその歌声に耳を貸していた。
私は目まいをこらえながら、だまって先生たちにお辞儀をして玄関に出て
ヨレヨレの運動ぐつをはいて外に出た
歌声はまだ私を追いかけて来た
歩きながら私はなんにも考えていたのではない
また、何かを感じていたのでもない
遠い、遠い所を歩いているような
寂しいような、スーッと、おだやかなような
どこにも何のサワリもないような気持がした。
私の前を横切ろうとした犬が一匹
私の顔を見上げて、
けげんそうな、おびえたような顔をして
コソコソと小走りに向うへ行った

川のふちに出た。
電車のことは思い出しもしなかった
思い出しても、それには乗らなかったろう
電車賃がなかっただけではない
たとえ有っても、乗らなかっただろう
川のふちの小道を
水の流れの
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