ーッとしていたのです。

皆さま、とくに御存じの、こんな女の私が
持ってまわった恋物語でもありません
ズケズケとかんじんの所だけを申します。
その人は徹男と言いました
苗字は――まだその人の一族が、たくさん東京に居りますし、
さしさわりがあるといけませんので申し上げません。
昔の私の先生で、名前をいえば
多分みなさまもいくぶんは御存じの
進歩的な社会学者の、弟でした。
仮に山田としておきます。
山田先生――山田教授――の弟の
山田徹男。

口数のすくない静かな人で
それでいて、いつでも怒っているように激しいものを持っていて
顔色の青いのも、内から燃えて来るものを、
押えているせいです
ただ眼だけが時々やさしい眼になって
濡れたようになるのです……
いいえ、あの人の顔や姿を語るのはやめましょう
たまりません、耐えきれません私は。
イヤです、痛いのです。どうしよう?
今でも、夢の中までも
われとわが身をかきむしるのは
それほど好きでも死んでもいいと思っていたあの人に
私が私をあげなかった事だ。
世の中もあの人も私も忙しかった
息せき切って駈けるような日暮しで
ユックリ逢っている暇はなかった
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