らせ歯をむいて
ねえ! 待ってくれ! たのむから!
胸を、もっと、開けて! つかんでくれ! ねえ!
哀訴し嘆願し、そこらじゅうをペロペロとなめまわし
しまいにはヒュンヒュン、ヒュンと小犬のように泣き出して、終りになっても女はドタリと横ざまに寝返っただけで
白い脂ぼうに、テラリと薄光りした小山のような腰の前で
いっぺんに空っぽになり、ダラリと小さくしぼんだ腰をそのままに、
開かなかった女の花がうらめしく、腹を立てて
バラバラの白痴のような眼でポカンと壁の方を見ているお前の口のはたに
白いアブクになってヨダレが垂れていたのだよ
それにお前は気が附かなかった
山田先生!
いや、ホントにそれは山田先生なの?
あの高邁な思想家が、いつ、どうして、こうなったの?
こんな女を、こんな意味で、こんなふうに好きになったの?
こんな女よりズッと美しい奥さんがあるのに
お前はどうしてここに通って来て、ヨダレを垂らして寝ているの?
それとも、お前はズッと前から、こうなのか?
クラクラと目まいがするようで
私はとても気分が悪くなり
そのままソッと穴を抜け出して自分の部屋に帰ってしまい
次ぎの日はクラブを休んでしまって
一日ベッドで寝てすごした。
あれは何だろう?
あの男をあんなになしているのは、何だろう?
あの男は奥さんと寝て、そしてあの女と寝る
すると、どっちがホントで、どっちがウソだ?
どっちのお前が、私のねらっている奴だ?
お前はだしぬけに気が変になったのか?
それとも、もともと、キチガイか、バケモノなのか?
きたならしいよ!
フ! この私が人のことを、きたならしいだって?
そう、やっぱり、きたならしいよ!
そうだ、私はきたならしい、心もからだもインバイだわ
私の所に来る男たちも、犬のように吠えたり舐めたり這いずったり
スケベエの変態の、きたならしい動物だ
しかし、あの男にくらべれば、きたなくない
きたないという中身がちがう
あの女の所による時のあの男だけならば世間の男と同じだ
しかしその男が家に帰って又奥さんと寝た時のことを
あれとこれとをいっしょに考え合せていると
胃をつかみ出して塩水で洗っても
吐気がとれない位に、きたならしい!
ペッ! ペッ! ペッ!
ビックリしたのは、そのお前が
その翌日から多少は変るかと思っていたのが
いったんそのアパートを離れると相変らずの山田教授で
誠実な顔をして進歩と人民民主主義を説き
清い家庭の良き夫、良き父として
人格高邁、微動だもせず以前と寸分違わぬ姿でいることだ
これは何だ? わからない。
わからないままに、私はますますお前の後をつけまわした
家から教室へ、教室から講堂へ、講堂から川岸のアパートへ、アパートから家へ、
グルグルと眼がまわり出したのは私の方だ
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(既にしばらく前から、言葉の調子はたたみこむように急速になって来ていたのが、このあたりから、益々速くなる。同時に、それにともなう表情とシカタも、あらわに大きく激しくなる。しかも言われている言葉と動作がズレて、随所でシンコペーションを起して、それが異様な感じになる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
ねえ、頼むから、そんな薄情な事はいわないでくれ
この次ぎは五千円ぐらい持って来るから
いやいや、今度二冊ばかり本を出版するから
それが出れば四五万円はいるから
なんだったら、もっとたくさん持って来られる
ねえ! だから! 僕は君がホントに好きなんだ!
僕はこの胸を割って見せたい! 疑うならば、しめ殺してくれてもよい
愛している! 蹴られたっていい! 踏んづけられたってかまわない
いいや、踏んづけてくれ! ホントに踏んづけてくれ!
ね! ね! ねえ君! ヒー、ヒー!
シラリシラリと冷たく笑いながら白い眼をして睨んでいる女の足元で
お前はチギレチギレに、うわごとのように、身をふるわして言いながら
こうやって、こんなふうに(身をよじらして、キッスの雨のゼスチュア)こうして
よごれた女の足の先からだんだんにクルブシ、フクラハギ、ヒザ、フトモモとくちびるが
昇って行って山の傾斜を這いあがる
くすぐったいよう! バカあ!(身をもんでキッスされている女のゼスチュア)バカあ!
バカだねえ、くすぐったいたらさあ!(ベリリと腰のオダリスクの片方をやぶき捨て、片方のモモの円柱を斜めにグイとあげ、最下等の媚びと軽蔑とを混ぜて、自分のからだを男に投げ与えるゼスチュア。ゆかに倒れて鼻声を出す)
夜ふけの雨が窓を叩いて
天井で思わずミシリと言わしてもお前たちには聞こえない
私がのぞく節穴にいっぱいに、クローズアップにひろがって
組み合わされた四本の脚がギチギチギチと音なく動き
その間から、ダラリと舌を出したまま、ハッハッハ
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