が
なまじすこしばかり知ったために、よそうと思っても思いきれぬ
しばらく経ってアパートの管理人に会って遠まわしに聞いて見ると
「五号の田川さんというのは、そうですねえ
何をなさる方だか、よくは知らないが、まあ顔役といったような方ですかな
今、刑務所に入っています
なにチョッとしたサギかなんかやったと言いますがね
奥さんはもと新橋へんの小料理屋に出ていた人で
現在は一人で暮して田川さんの帰りを待っていると言うわけだが
男の客がよく来ますよ
きまって来る人が三人ばかり居る様子で、
とにかく、まあ、うまくやっているんじゃないですかね
へへへ、そのへんの事は、よく知りません」
ゲスな中老人の口のはたのせせら笑いで
女の暮しの正体はいっぺんにわかった。
しかし、そんな女の所へ山田教授ともある人がなぜに来るのだろう?
妙に知りたい。嫉妬のようなものが私の内に起きた
完全に自分の手に握っていて
どこの隅まで知りつくしていると思っていたお前さんが
私の知らない所で、私の知らない事をしている
よし! と思った。その次ぎにお前が外に出て急にソワソワしはじめた時に、私は大急ぎでタクシイに飛び乗るや
そのアパートに先まわりして
今度は迷わぬ、まっすぐ階段を昇って行き、
そこらに人影のないのを見すまして
おどり場の穴の闇にスッともぐりこみ
ミシリとも音のせぬように用心に用心しながら天井裏の横木をさぐって
息を殺して、こうやって、しゃがみこみ、下からの光でポッと明るい
天井のスキまから下を見る
思った通りに五号室らしいが
いきなり、ギョッとする真近かさで
いぎたなく、着物のスソをチラホラと股のへんまでのぞかせたまま
こうやって、若い女が眠っている姿
これがその女か?
顔はあまり美しくはないが、太りじしの伸び伸びとした良いからだ。
女一人の部屋の隅に脱ぎちらした着物があったり
枕元には食い捨てた皿小鉢やタバコの灰皿がそのままになっている
間もなくドアにノックの音がして
女がやっと眼をさまして返事をすると
お前が入って来た。
吸いつくように息を殺してのぞいている私の眼の下で
お前が最初に何をしたか?
なんと、靴をぬいで上にあがるや、ものも言わず
眼をこすりながら、まだ横になった女の
ここからも見える、うすよごれた足の裏の土ふまずの所へ
いきなり顔を持って行き
鼻をふくらませてキッスをした。
すると女が、その足をバタンとわきにやって
「あんた、金、持って来てくれた?」
「う? うん……」とお前は言って又、その足にキッスした
びっくりして私は声を立てそうになった
お前は不意に気が狂ったのか?
それとも、それは実はお前ではないのか?
そう言えばこの室に入って来た時からお前の顔はいつもの重々しく理智的な高貴な表情をなくしていて
いやいや、それらの顔つきはそのままソックリとありながら
又となく愚かしい、デロリとゆるんだ顔になっている
あの鋭どい、深い思想家のお前が、こんなふうになる時が有ろうと誰が思ったろう?
しかし、それから起った事のすべては
さらに意外な事ばかりだった。
とは言っても、かくべつ、多くの事が起きたわけではないし、珍らしい事が起きたのでもない
世の中の男と女の間に、いつもある事があっただけというほかにスベのない事で
私のような暮しの女には今更めずらしくもなんともない
言って見れば大昔からタイクツなタイクツなバカの仕事、
それでいて、しかしなぜだろう? 私は下の部屋をのぞきながら
次から次と、びっくりして、何が何やらわからなくなり、カタズをのんでいた。
お前と女との事は、一年ばかり前からのもので、
女が小料理屋に出ていた頃に、何かの会のくずれでその店にお前が寄って
最初は女の方から持ちかけた関係だが
今では女は飽きて冷たくなったのを
お前の方で泣くように頼んで金をドッサリくれるので
女はシブシブ相手になっているだけ
そんな事が、すぐにわかって来た。
女の亭主が刑務所に入ったのが、いつ頃かわからないが
その留守で女一人の暮しが立たないから男を作ったというのでもない
他にも二三人きまった顔ぶれの男が通って来るようで
亭主というのも、実はヒモで
すべてを承知の仲かもしれぬ
ただ動物のように淫とうな女らしい
そのくせ、足の裏やエリあしなどにアカを溜めても気にもとめない無神経さで
男の下で、白いからだをムチのようにそらせながらも
実はなんの喜こびも感じていない事は
目をつぶってダラリとした口のはたを見れば、私には、わかる
不感症だ。まるで不感の淫乱女。
ただ腰だけは、よく動く、波のうねりだ。
私にわかるのと同じように男にも、女が喜こびを感じていない事がわかる
わかればわかるほど、拷問のような波のうねりに乗せられて
お前はそそり立てられ、追いかけて行き
目を血走
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