ッと熱い息を吐くお前の顔と
すべての男を小馬鹿にした冷たい女の
男を小馬鹿にしてジラすことで、かろうじて
喜こびにしめって来るネンマクの薄桃色のさけ目とさけ目
そうだねえ、いいえ私は必らずしも自分がマルクス・レーニン主義の
世界的な到達点に立ち得ているとは、まさか思っていません(言いながら、姿勢とゼスチュアは、シンコペーションで残って、しばらくエロティックきわまるものである)
しかし、どんなに低く見つもってもだな
われわれの主体性が、現在、三十代の
インテリゲンチャの間で扱われているように、
他の、もっと広い社会との関係、世界とのつながり、
それからタテの事をいえば階級関係
つまり経済的な下部構造の分析などから切り離されて
主とした人生論的な、哲学的な、別の言葉で言えばいわゆる実存的なものとして追求されている限り
やっぱり、実は堂々めぐりで、確立から、はるかに遠いばかりでなく
ヘタをすると反動の役割を果すことになる
それ位はお互いに知っていなければならんねえ。
――フ! 講演会からの帰りに、送って来た崇拝者の学生に
美しいバスの声で説いているお前の調子は
真剣で忠実で疑いをはさむ余地がない。
主体性? 社会との関係? 下部構造? 反動?
なんなの、それは?
いいえ私はそれらの意味を知っている
そして私にはそれらの意味がまるでわからぬ
フフ! 私はもう、股で考えるんだ、こんなふうに(シカタ)
ただれた膣で考えるんだ、こんなふうに(シカタ)
あの女がそうであるように
だから私にはスッカリわかって、なんにもわからない
お前も股をひろげたのだ、あそこでは[#「あそこでは」は底本では「あれこでは」]
股をひろげてヨダレを垂らして泣いたのだ、あそこでは
だのにお前は別に頭を持っている、オッケエ、こんなふうに?(厳粛な表情のゼスチュア)
家に帰ると、あの奥さんに清潔な微笑をして見せ
リプトンの茶わんを持つ時には
小指だけをほかの指から離して、そらして持ち
二人の子供を食後のエンガワにかけさせて頭をなでながら
P・T・Aのありかたについて、学級内でのデモクラシイの本質について
やさしい言葉でジュンジュンと説いている
そこにP・T・Aの会長夫人が訪ねて来て同席すると
奥さんは、夫人にサンドイッチをすすめながら
にこやかに説き進む夫のお前の言葉を
コウコツと、天上的な表情で聞く
ワイセツだ! ワイセツだよ! それこそワイセツだ!
あれとこれと、又、それと、なんと自然にスラスラと使いわけて行くだろう
二重生活といいたいが、私の知らない所では三重四重になっているかもわからない
そういえば、大学の講師と文筆と講演などの稼ぎだけにしては
お前の生活は豊かすぎる
どこかに金をつかむツルを持っているかも知れないし、
闇取引のブローカアでもしているかも知れない
名義を変えた財産を持っているかもわからない。
はてしなく、私の目まいは、更にはげしくなる
私は立っていられない!(残っている方のオダリスクをも取り去り、ヨロヨロと、酔ったあげくのジルバのようなステップで、ステージの一番前へ乗り出して来る)
なんでもよいから、早くやってしまえ! 早くやってしまえ!
お母さんの短剣がうずいているんだ!
ホントに私の頭が狂ったかと思ったのは
それから間もなくだった
川岸のアパートにお前をつけて行って、天井に入ってのぞくと
その晩は女が気が向かないか、金が少いか、もしかするとホントにメンスだったか
お前が犬のように哀願しても、身体を開こうとはしないので
お前は遂にメソメソ泣き出して
果ては横づらを突きこくられている時に
女の所に通って来る、ほかの二三人の中の一人で
ゴロツキのような闇屋の男が入って来た
お前はたちまちペコペコとおじぎをして
脱いであったズボンを拾って着ると
コソコソと部屋を出て帰った。
その次ぎの夜だ
神田の方で催される文化講座に、お前の講演もあることを知って
私は聞きに出かけて行った
お前は、そこで、いつもの通りに学者らしい素朴さでズカズカと出て来て、確信ある者の落着きと、シュン烈さで
「平和と文化」について話した
戦争というものは、資本主義的商品生産の必然の結果として起きるもので
人々が平和を真に望むならば
資本主義と闘って、これを打ち倒す以外にない
そして、資本主義と闘ってこれを打ち倒すための拠点になるものは労働組合だ
それも急進的な左翼的組合でなければならん
――そういう議論をお前は理路整然と
いろいろの論拠を並べて説いている
私には議論が正しかろうとまちがっていようと、どっちでもよかった
私はお前の、紺のダブルに包まれた端麗な姿と
良心と熱意のために心もち上気した顔ばかり眺めていた
そのうちに前夜の川岸のアパートでベソベソ泣きながらズボンを拾っ
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