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(音楽。――それに乗って、ステージのはじまで踊って行く。柱の所まで行って、不意にバッタリと踊りをやめて、言葉を出す。音楽だけ、やり過ごされて、前へ鳴り進む)
[#ここで字下げ終わり]
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そして、真珠湾が来た! 大戦が始まった!
国中わき立った!
今、あの時のことを振りかえって日本人の誰もかれもが
くやんでも、くやみたりない悔恨と否定と、
国民に知らせずにそれをした軍部への怨みを言う
たしかに、それはそうだろう
しかし事実そのものを振りかえって見よう
今こうなった気持から事実までをも曲げて
自分で自分にウソをつくほど。恥知らずにはなるまい。
そうだったのだ!
大きな恐ろしい決定の前で
国民の大部分が「ヤルゾ」と思った
こうなったら、しかたがない
負けるわけには行かないと思った
これに負けたら日本は亡びる
亡びたくなければ勝つ以外にないと思った
誰にしろ、心から、残りなく喜こび勇んで
開戦万歳を叫んだ人は居なかったが
それぞれの心々に憂い恐れためらいながら
しかしそれらすべてを引っくるめて投げ捨てて
前へ踏み出すほかに途はないと思った
悲しい、いじらしいそのような思いが
そっくりそのままで、気ちがいじみた戦争屋たちの
作り上げたワナにはまる事とは知らないで
国中は、歯をかみしめて、総立ちになったのだ!
ごく僅かの人たちが「しまった」と思った
もっと少数の人たちが「いけない」と思った
だがそんな人たちは何も言わなかった
言えもしなかった、言っても聞はしなかった[#「しなかった」は底本では「しかった」]
だから居ないと同じだった。
すべての人が総立ちになって
大空に血の色を見てふるい立った。
真珠湾に突入した九人の青年が
軍神としてたたえられた
たたえたのは、私たちだった、国民だった
あの頃の新聞や雑誌を出して見なさい
電車が九段を通る時には、
すべての人が頭を下げたことを思い出して見なさい
宮城前を過ぎる時には
すべての人が頭を垂れて戦勝を祈ったことを思い出して見るがいい
私たちもそうだった
私もそうだった
[#ここから3字下げ]
――罰せよ、罰せよ、残りなく、私たちを。
だけど事実はそうだったのだ
いくら罰されても事実を事実と言うだけの
勇気だけはなくならないように!
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
真珠湾の報道が発表されると
山田先生は研究会一同をひきつれ
右翼革新団体のD塾主催の
二重橋前の早朝戦勝祈祷式に参加した
徹男さんも参加した
まだ朝露にぬれた砂利の上に
全員ハチマキをし、素足で立って
ミソギの行《ぎょう》に声を合わせてイヤサカを叫び、
最後に、地に伏し、土を抱いて、泣いた
あの時、山田先生の頬に
拭いても拭ききれぬほど流れた涙が
ウソの涙であったろうか?
それは知らない、しかし私の頬に流れた涙と
徹男さんの頬に流れた涙とが
ウソの涙でなかった事は私が知っている。
私たちの劇団でも、日の丸の旗をそろい持って、
宮城前に集って、これからはただ一筋に
戦いに勝つために、軍や国民への慰問と激励のシバイだけに
命がけになることを誓った。
山田先生は間もなく軍報道部の嘱託で
南方占領地の文化工作の任務を与えられ
勇躍して出て行き、そこから半年後に戻って来ると
軍や情報局の依頼を受けて
国内各地の講演、指導、宣伝などに活動した
もうその頃になると
大東亜共栄圏論者としての
ひところの控え目な消極的な態度は全くなくなって
堂々と積極的で確信的で
論文を書いても講演をしても私たちに教えるにも
熱烈で叱咤するようであった
そのくせに、いろいろの方面から、赤ではないかと睨まれていて、
いやがらせや妨害を受けた
それさえも私たちには先生の思想が正しいことの證拠のように思われて
仰ぎ見るように先生を眺めた
長身の先生のからだは、ハガネのように真すぐに立ち
顔は以前よりも痩せて鋭どくなって
内からの火で輝いた
「腐れ果てた役人どもめ!
気がつかないのか、今となっては最右翼の考えでさえも
真に国を愛し憂える真剣なものならば
言い方はいろいろに違っても、実質に於て
上御一人を中心にした、それに直属する一国社会主義でなければならぬという所まで
来ているという事を!」
と怒りをこめて言い言いされた
私にとっては先生は文字通り
導きの光であった
私の兄は大戦が始まると間もなく九州で死んだ
母は薄暗い家に一人で残された
あわただしい時代の波風は
私が兄の死に逢いに行くことも許さなかった、
シミジミとその悲しみを味わっている暇もなかった、
私の胸の中の兄の席は空虚になったが、
それだけに、そのぶんまでも先生に向けて
私は先生を崇拝し愛した、
世の中も
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