底本では「少しづつ」]、バカです、バカでなければやれません
私もバカです、バカでした
それまでにたくわえられた若い命の
ありたけの力を一度にドッとたぎり立たせてシバイをしたのです
幸か不幸かその劇団では女優が不足していて
間もなく私に大きな役が附くようになり、
僅かの間にひとかどの女優として認められた
わきめもふらぬ一本気の熱演が
人の目をくらまして、そう思わせただけでしょう
ただ、やっと私の蕾は舞台の上で開きました。
シバイではじめて私のカラダと心に火がついて燃え出した
蕾が開く姿が美しいものならば
私は美しかったのかもしれません
心とカラダの燃えるのが幸福だというのならば
私は幸福だったのです
兄にもそれを言ってやりました
兄は喜こんで寝床の上で泣いたそうです
その頃、兄の容態は絶望状態になっていて
私にあてて出すハガキを書くのがヤットだったが
私に知らせると心配すると兄が言ってとめるので
母は私にかくしていたのです
かわいそうに! 兄は
昔、新劇の大部分が赤一色に塗りつぶされていた頃
新劇をいくつか見たことがあって
未だに新劇団というものが、そういうものだと思っていたのです、
まさか兄にしても、こんな、状勢になって来たのに
新劇が赤いシバイをすることが許されていようとは思ってなかったでしょうけれど、
まさか戦力増強のシバイをしていようとは
夢にも思っていなかった
それに、山田先生の影響力の下にある劇団です
まちがったシバイをする筈がない
そう思ったようです、泣いたそうです喜こんで
妹の私のために死にかけた寝床の上で
なんと言うミジメな食いちがい!
それを私は、その時は知りませんでした
私は花開き、燃えあがり、幸福だったのです
シバイのたびに徹男さんは見に来てくれます
見に来ても、ただ見るだけで
ガクヤに一度も来ようとはせず
言葉もかけず、ただ遠くから私を見て
軽く頭を下げただけで帰るのです
あの人が私のシバイを見に来るのが、なんのためだか
私にはわかりませんけれど、わかるような気もします
それでも、つまりがわからない
わからないなりに、うれしいのです
自分でも知らぬ間に、私は時々
徹男さん一人のためにシバイをした事に後で気づいて
ガクヤの鏡の中で真っ赤になったことがある
そうしては、山田先生の所の研究会の日が来ると
かえって、コツコツにまじめにこわばった心で
そのくせ、どこか心の隅ではイソイソとしながら出かけて行っては
山田先生の話や
右翼の革新団体からやって来た講師などの
噛みつくような議論に聞き入りながら、
徹男さんと眼が逢うと
両方で怒ったように、しばらくジッと見合っていて
やがて話し手の方を向いてしまう。
まったくイキモノはホントに愛し合うと
お互いに、なんとオカシな事をし合うのでしょう!
相手を抱こうとして、一番遠くへはね飛んだり、
相手にキスをしようとして、相手を喰い殺してしまったり、
これが證拠に、恋の最中の男と女の姿は
互いに憎み合って闘っている姿に一番似るのです
こうします、こんなふうにします(しかた)
又、こうやって、こうして、こうなって(しかた)
又、こんな眼で見たり、こんな眼で見たり(しかた)
ふふ!
そして、あの人と私は(しかた)
こんな眼つきをして互いに見合ったのです
……(暗い眼でこちらをジッと見ている)
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(間……)
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さて!(ズッと椅子にかけて語っていたが、この時、フッと眼がさめたように椅子を立つ。コトリと音がして、肱で押された羽根扇が卓から床に落ちる)
……(それに気附き、ユックリした動作で下を向き、白い頭と左腕をしなやかに伸ばして扇を拾いあげる……白鳥が何かをついばんでいる)
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(ユックリと身を立てたかと思うと、声は立てずに笑って、調子がクラリと変って、軽快に)
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ごたいくつ、こんな話?
長々と語られる他人の身の上話です
ごたいくつに違いありません
なんなら、このへんで、思いきったオシバイをして見ましょうか?
それには、そうです(片方の乳当てをパラリとはずして、その中に入れてあった小ビンを取り出して光りにすかして見る)こんな物も持っていないわけではございません(小ビンをカチリと卓上に置く)
白いのもございます
こういうものも有りますの(ベルトにはさんで持っていた六寸ぐらいの刃物を取り出し、右手に持って、乳当てを取った左の乳房に向って擬する真似をしてから、それをカラリと卓上に置く)
ほほ! ごめんあそばせ、じょうだんですの
さて急ぎます
音楽を、どうぞ! アレグロ・ヴィヴァーチェ!
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