男も知らぬ、一本気の
熱情だけは人一倍に激しい十九歳の女が
心から人を尊敬するのに
その人を愛さないでいられようか?
尊敬と愛とを別々に切り離して
それぞれハッキリ見きわめることが出来ようか?
研究会の会員や劇団の人たちが
私のことを「山田先生の親衛隊」とからかっても
私はまじめに心の中で
山田先生にマサカの事がある時は
身をタテにして先生を守る気になっていた
その事で一度、先生の奥さんが私に嫉妬されたことがある
そして徹男さんまでが、兄さんを嫉妬した事があったと言うのを後で知った
かわいそうな、かわいそうな徹男さん。

徹男さんは既に数カ月後には
学徒出陣として戦線に立つことが決まった
その後も、徹男さんと私との関係は
一分一厘も進みはしなかった。
それに、もう、戦況が進むにつれて
国内のありさまは車輪のようにあわただしく
私の劇団の活動もやれなくなって来ていたし、
「もう、こうなったら、君たちは
文化活動などやっているべきでない」との先生の意見に従って、
産業報国会へ話をしてもらい
Mにある飛行機工場の計器部へ
特別女子挺身隊員として通勤するようになり、
一週二回、研究会で顔を合せるだけで
そのたびに徹男さんの私を見つめる眼つきは
益々突き刺すようになるだけで、
それが私には、こわいような、憎らしいような
そして、どこかで幸せなような気持がしながらも
ただビシビシと日が過ぎた。
ああ、なんと言う日が過ぎたことだろう、なんと言う!

間もなく、空襲がはじまった!
爆音とサクレツと火と死!
人々は明日の事を考えることができなくなり
命も暮しも今の二十四時間だけのことになり、
やがてそれは一時間だけのことになって、
人は次ぎの一時間のことを考える必要がなくなった

私のM工場は、開戦後に新設されたもので
ほとんど完全にカモフラージュされた工場なのに、
どんな方法でわかるのか
まるでねらいうちをされるように
頻々として爆弾を落されて
吹き飛び、たたきつぶれ、燃えあがり
そのたびに工員や挺身隊の者が
五人、十人、三十人とケガをしたり、死んで行く
それでも工場は閉鎖されない
歯を食いしばって私たちは
昨日死んだ仲間の肉片のこびりついた
工具のハンドルにしがみ附いた。
私の通う計器部は
その工場の広い敷地の隅に
こじんまりと独立して建てられた小さい建物で
各種計器の金属部品を
種目ごとに精密検査して包装する仕事が当てられており
私は成績優秀として検査部の組長格の席が与えられ
拡大鏡の下でミクロメエタアつきのゲージに
部品を当てがっては最後の合格不合格をきめて行く役目だった
拡大鏡をのぞいている眼が
過労のために時々かすむ
すると額の眼の上の所が
ギリギリギリと痛んで、吐きたくなる
すると、兵士たちの事を思う
母のことを思う、兄の事を思う
山田先生の言葉が耳の中で鳴る
「われわれが、東洋を確保し、世界を平和に導くためには、今となってはもう、前へ前へと戦い抜く以外に途はない!」
そうだ、途はない!
私の眼は充血したまま、ハッキリする
レンズの中のゲージの鉄がギラリと光る!
夢中で私の手は部品を取り上げる
又取り上げる! 又取り上げる!
ダダダ、ダダ、グヮーンと音がして
ミクロメエタアの目もりがグラリと揺れて
次ぎの瞬間には私ごと、グンと跳ね上り、
近くで爆弾が落ちた事を知った時には、
窓のガラスは全部吹きとび
近くで負傷者が呻いていた。
そういう毎日の中で
私たちは日附けを忘れた

その頃の、ちょうど午の休けい時間に
徹男さんが私を訪ねて来た
そんな事は初めての事なので
変に思って門衛の所へ行くと
あの人はいつもの学生服で
珍らしく明るい微笑で立っていた
二人は構内を塀に添ってユックリと歩く
「何か御用?」と私は言ったが
徹男さんが用事で来たのだとは思っていない
あの人も何も答えず
晴れた空の下をユックリと歩く
そのうち、あの人がポケットから
小さい写真を出して見せた
G劇団の人からでも手に入れたのか
舞台写真から私の姿だけを切り抜いたものだ
「……どうなさるの、そんなもの?」
と私がいうと、フンと言ってそれと私の顔を見くらべてから
写真をポケットにしまいこんだ
それから又しばらく歩いているうちに、不意に私はわかった
「ああ、いよいよ、入隊なさるのね?」
「うん、明日」
そうか、そうだったのか。
明るい明るい、すき通るようなあの人の顔。

そこへ、出しぬけにサイレンが鳴り渡り
警戒警報なしのいきなり空襲
アッと思った時には、空一面が爆音で鳴りはためき
キャーンと――迫る小型機の機銃の弾が砂煙をあげる
広場の果ての防空壕へ
途中で二度ばかり倒れた私を
あの人は抱えるようにしてかばいながら
斜めになって走って行き
防空壕の中に飛びこむと同時に

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