。……そうする方がいいか? そうだな……
浮浪児の少年 (トットットットと駈け戻って来て)あい、おじさん、切符だぜ。松本行しきゃねえとさ。少し高いが二百円くれ・。[#「・。」はママ]
金吾 こりゃどうも、ありがとうよ。そうかよ、そりゃありがたかった。(と、金を出して少年に渡しながら)ところがねえ、ねえ君、すまんが、もう一枚、切符を頼まれてくれねえかねえ。小諸まででも松本まででもどうでもいいんだ。
浮浪少年 だけど、もうねえと言ってたがなあ。
金吾 お願えだ。このな、親戚のおばさんと、この赤ん坊を信州へ連れて行くんでね、助けると思って、よ。
浮浪少年 あーん? 怪我したのかい、おばさん? うわあ、かわいい顔してるなあ、この赤ン坊。
春子 お願いします、ね。
浮浪少年 よし、そんじゃ手に入れてきてやるから、待っていな。なあに……

[#ここから3字下げ]
少年が駈け出そうとした途端に、だしぬけに遠くの方からひびいてくる空襲警報のサイレン。サイレンは次々と、リレーで近づいてくる。
[#ここで字下げ終わり]

春子 あ、空襲だ。
浮浪少年 ヘヘヘ、来やがったな。へっ。(あざ笑いながら、立って耳をすましている。それに向って駅の事務室の辺からラジオ。「ガガ……B29[#「29」は縦中横]の大編隊、南方洋上より帝都に侵入しつつあり、ガ、ガ、キイキイ」言ってるそばから、ダダーンダダーンと高射砲のひびきがはじまる)
てへへへ、だしぬけだぜ。警戒警報なしだ。おい、おじさん、なんだかこらあ、でっけえぞ。ここに居ると危ねえから、そこを出て、右へ行って、あの段々を上ってね、あの上の山へ行ってなよ。なあに、切符が手に入ったら、そっちへ行ってやるからね。
金吾 ありがとう! 頼むよ。そいじゃ春さん、さあ!(春子を助けおこす。そうしてる間も、遠くで爆弾の落ちる音。とうの昔に少年は駈け去っている)
春子 私はいい、私はいいから金吾さん、一郎を――
金吾 よしっ、この子はこうやって、リュックに入れて、俺がこうやって背負うから。さあ春さん、こっちだ。そら、えらい人だから、俺の手を離すでねえだよ。
春子 金吾さん、恐い!(二人は小走りに駅の外へ出て行く。七八人の人も、なだれを打って駅の外へ。ただし、みんなくたびれはて、しかも空襲には馴れているので、殆ど声はあげないで「あっ!」「こっちだ!」「山へ逃げろ」などの叫び声と、ダダダダダと走る足音だけ)
春子 金吾さん! 金吾さん!(二、三間先に駈けぬけながら)
金吾 春さん! 春さん! あんまり先へ行くでねえ! 俺から離れるでねえ! それを右へ行くだ、その階段を上って、そうだ。
春子 金吾さん、一郎に気をつけて!

[#ここから3字下げ]
言ってる間にも、投下される爆弾の地ひびきと、それの間を縫って落ちてくる焼夷弾のカラカラカラカラという音。それに向って発射される高射砲のとどろきなどが、殆ど耳を聾せんばかりに鳴りはためく。
[#ここで字下げ終わり]

金吾 春さーん! 右へ上るだ!
春子 (ずっと先の方で)金吾さーん!

[#ここから3字下げ]
ダダーン、ガラガラガラ、ズシン、   ダダーンとすべての物音を叩きつぶすように爆音が鳴りはためく。それが暫く続いて……

だしぬけに、すべての物音が消えて、シーンと静かになる。
やがて、遠くの方で、誰か、かすかに「うー、うー」と何かを呼んでいる……

海尻駅の大時計の秒刻。コツ、コツ、コツ、コツ……、駅の事務所の中の駅員の声。「はあ、海尻駅でやすよ。はあ、海尻でやす」
[#ここで字下げ終わり]

金太 (誰も居ないベンチにかけて、低い声で歌をうたっている)勝って来るぞと、勇ましく、誓って国を出たからは……
お仙 ……(道の方から下駄の音をさせながら、待合へ入って来て)金太よ、まだ待っていたかよ?
金太 ああ姉ちゃん、どうしたんだ?
お仙 どうもしねえ、お前を迎えに来たんだねえか。みんなもう夕|飯《めし》を食うんだから帰るべ。そうやってお前は、東京から帰って来てからこっち五日も六日も、毎日昼すぎになると駅さ来て、おじさん帰るのを待ってるが、帰る時が来れば、おじさん、ちゃんと家に寄ると言うんだから――
金太 そんでも汽車が、もうひとつ、すぐ着くだから、それを見て帰らあ。お姉ちゃん、先に帰れ。
お仙 おめえってば、すぐそったらこと言う。汁が冷えっちまうてば。(言ってるところへ改札係の駅員が来、ガチヤン、ガチヤンと改札口をあける、と同時に下りの列車が近づいてくるひびき)
金太 そら見い、汽車が来た。
お仙 あら、そうだ。(汽車がひびきを立てて、プラットフォームに入って来て止り、四五人の乗客が降り、みな黙々として改札口を出て行く足音など)
金太 お父ちゃん、乗ってねえかなあ?
お仙 そら見ろ、今日はもう駄目だ。
金太 あ! お父ちゃんだ! お父ちゃん戻って来た!
お仙 ああ!(その二人のいる所へ向って、ションボリと砂利を踏んで近づいてくる金吾の足音)
お仙 お帰りなんし、金吾おじさん!
金吾 (低く)うむ……
金太 お父ちゃん、どうしただよ? 春子おばさん、見つかったのか?
金吾 う、うむ……(三人が家の方へ向かって駅を出て歩き出している)
お仙 どうしたの、おじさん、その首にかけてる白い箱、それなあに?
金吾 うむ……
金太 春子おばさん、見つか――(ハッと気が付いたらしく)え?お父ちゃん、これ、これが春子おばさんかい?
お仙 え? 春子おばさん、死んだのかい?
金吾 …………(無言でスタ、スタ、スタ、スタと歩く。金太郎もお仙も黙りこんでしまって、コトコトコトとつづいて歩く――間。かすかな音楽を流してもよかろう)

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三人の足音が、お豊の家の門口に近づいて――
[#ここで字下げ終わり]

お豊 (家の中から)さあさあ、みんな飯だ、飯だ。お仙や金太はおせえなあ。さあさ――ああ、帰って来た、帰って来た。どうした――おや、金吾さんも帰って来た!
お仙 あのなあ、お母ちゃん――(いきなり手離しでオイオイ、オイオイ泣き出す)
金太 春子おばさんはな――(これも姉の泣声につられて、オイオイ泣き出す)
お豊 するつうと――(ト胸[#「ト胸」に傍点]をつかれて口を開けて立つ)
金吾 お豊さん、いま帰りやした。これが春さんの……(首からさげた木箱をゴトリと上りくちに置く)
お豊 (ふるえる声で)まあ、上りなんして――(ゴト、ゴトと金吾が上にあがって、囲炉裏端に坐る)
お豊 お仙、金吾おじさんにお茶出すだ。
お仙 あい。(涙声)
お豊 金太も上れ。そいから安三、お千代なんずは、そらそら、飯ば食え。(それらの小さい子たちがお膳に坐って箸などを取る音)
金吾 ……喜助頭梁は?
お豊 喜助は二三日前から仕事で小諸に行きやした。
金吾 そうかよ。……(無感情にポツリと話し出す)……空襲にうたれてな。いや、俺あやっと、この人ば上野の駅でみつけてな、そいで、こっちへ一諸に逃げて連れて来る気で、切符も手に入ったども、そこへまた、えらあ空襲でな。いや、その前から、なんか空襲の時に、瓦なんか落ちてきて胸をうってな、あばら骨が折れたんじゃねえかと思う。弱っていたが、上野の山まで連れて行く間、別に何ともなかったが、林の中で寝せて、そいから、焼夷弾だとかなんかが落ちるの何のと言って――春さん恐がって俺の手にかじりつくからな、俺あ、いよいよ燃えてきたら、また引っ抱えて逃げべえと思って、飛行機の方ばっか見ていたら、その中に俺の手を握ってる手がヒョッとゆるんだので覗きこんでみたら、もう、へえ、いけなかった。……そいで俺あ、それば抱えて、一度警察に頼んどいてな、そいから横浜へ赤ン坊をおぶって飛んでって、敏子さまや敦子さまに知らせて、赤ン坊は敏子さまに渡してな、そんで敏子さんとまた引返して、形ばっかりのお葬をして、お骨は俺がこうやって貰って帰ってきた……お豊さん、いろいろ、この人のことについちゃ、ご心配をかけやした。
お豊 金吾さん、そんな――(声がふるえている)
お仙 お母ちゃん、どうしてそんなにふるえるの?
お豊 何をおらがふるえてるだ、ふん、この子は何を言うだか、ふん、へ……(笑いかけるが、その笑いがだんだん泣き声になって、しまいにオイオイ、オイオイと手離しで、大声をあげて泣き出す)
お仙 お母ちゃん――(これもまた泣き出す)
金太 なんだい、お母ちゃん!(これも泣き出す。あとの二人の子も茶碗を放り出して、オイオイ、オイオイ、泣き出す。まるで家中が泣声の合唱で一ぱいになる)
金吾 お豊さん、金太郎、お仙ちゃん、そんな……

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その五人の泣声のうちに――

音楽
[#ここで字下げ終わり]


[#3字下げ]第19[#「19」は縦中横]回[#「第19回」は中見出し]

[#ここから3字下げ]
 敦子
 金吾
 敏子
 杉夫
 金太
 一郎(幼児)
 作者

音楽1

音楽2 その尻にダブって「信州のテーマの冬」の音楽。音楽やんで、林を過ぎる風の音。
[#ここで字下げ終わり]

敦子 ……(ため息をつくように、しかし既に老年に近い枯れた人柄になっていて、言葉の調子は明るい)やれやれ。やっとまあ戦争もすんで、こうしてみんなでそろって野辺山の春さんのお墓のところにたどりついたわけねえ。やれやれ! 金吾さん、ほんとに、いろんな事がありましたね。
金吾 (これも、今はもう落ちつき、寂しい句調ながら暗くはない)そうでやす敦子さま、ハハ。すこし掛けやしたら? お足がそれではつろうがしょう?
敦子 いえ、こっちの腰の筋がどうにかなったそうでね。右の足より一寸ばかり短かくなったので、びっこを引くけど、もう痛くもなんともないの。敏ちゃんこそ、一郎を負ぶい通しじゃ大変だろう。いっとき、おろしなさいよ。
敏子 いえ、いいんですの。
一郎 (幼児。この子は最後まで時々幼児の言葉で何か言う)お母あちゃん。あんよ、あんよ!
金吾 いやあ、あの時、空襲の中を俺がリュックに入れてかけだした坊やが、こんなに大きくなるもんでがすねえ。
敏子 金吾おじさんには、お母さんと言い、この子はこの子で、命を助けてもらった。あたしはホントに何と言えばいいでしょう?
敦子 まったくね、何と言えばいいだろう? こうやって春さんのお墓の前で敏ちゃんと一郎と金吾さんと私と、それに金太郎ちゃんに杉夫……さてね、お互いに今さら何と言っていいだろうねえ?
金吾 はは、そうでやすよ。そいでも、敏子さんと坊やがこうして元気でいて、杉夫さんが無事に復員して来なすったのは、何よりでがした。
敦子 いえね、戦争がすんで直ぐ、こちらへお墓参りにと思っていたけど、何やかやと、ゴタゴタしていてね、そこへ四五日前に杉夫が戻って来て、いえ、まだ外地に渡っていなかったので早かった。そいで何はともあれ、あなたにもお目にかかりたいし、春さんにも逢いにこようと言うので、やっとこうして来たの。だけど、金吾さん、良い場所にキレイなお墓をたてて下すったわ。
金吾 いや、あれこれ考えやしたが、ちょうど焼け残りの石で昔黒田先生が別荘の暖炉を築くために選びなすった石がありやしたからね、海の口の石屋に頼んで刻んでもらって、俺がおぶって来やした。ハハ。
敏子 小父さんが、おぶって――?(涙声になっている)
敦子 ……だけど、誰だか知らないけど、別荘もキレイに焼いたものね? 誰が火をつけたのか、わからずじまいですって?
金吾 開墾の事やなんかで村の者たちから私あ憎まれていたしな。それに近ごろのこの辺にも妙な流れもんが入りこんで来て空家に入って火をもしたりしやすからね、村の者がしたとも限らねえ。今さら、そんなことをセンサクしてもしようがねえから捨てて置きやす。
敦子 そうよ、それでいいかもしれない。春さんのお父さんがお建てんなって、それから春さんが一生の間、やって来ちゃ、泣いたり笑ったり……金吾さん、あんたもここに来ちゃあ、いろんなことがあったわね? それがこうして焼けてしまって、残って
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