フ靴音。
[#ここで字下げ終わり]

通行人(男)だけんど、空襲警報はもうさっきから出しっぱなしになっていて、そんでまたサイレンだから、警報解除じゃねえかなあ?
警防団員二 そんなこたあ、近頃めちゃめちゃになってるんだよ。なんでもいいから待避するんだあ!
金吾(小走りに走りながら)金太、すぐ、あそこに見える横穴にとびこむんだ。
金太 よし!(二人トットと走ってどて[#「どて」に傍点]の横に掘った穴にとびこむ)ふうっ。
金吾 やれやれ!
三十男(穴の奥から)敵機を一機でも東京の空に侵入させねえなんて、えらそうなことを言ったのは、誰だっけ? 一機や二機のダンじゃねえや。まるでてめえんちの座敷ン中みたいに、ぞろぞろと入ってくるんだかんな。軍部々々と言ったって、近頃じゃそこいら界隈の軍人なんて、戦争するよりも参謀本部に集まっちゃ、物資だとか酒なんか貰って帰ってるそうだかんな、処置ねえの、テンハオだよ。ヘヘ。
別の男 何を言うかっ、俺が憲兵だと知ってそんなこと言うのか、貴様!(ビシッ、バタッと殴りつける。それが穴の中にこもってひびく)
男 まあまあ、そんな――
中年女 いま空襲中なんですから、そんな――
金太 お父ちゃん、ここ出ようよ。
金吾 そうさな……(二人そっと穴を出て、急ぎ足に歩いて行く)
金太 俺もう、東京はいやだ。春子おばちゃん見つけたら、一緒に、すぐ信州へ帰ろうよ、お父ちゃん。
金吾 うん、そうすべ。金太、おめえ腹へったずら?
金太 ううん、平気だ。
金吾 いや、今の内に少しなんか食っとかねえと。水はあったな、そうだ、その水筒の水を飲んで、仕方がねえ、歩きながらこのホシイば食っていかず。さあ食え。
金太 お父ちゃんも食え。(言いながら、水を飲んで、ホシイを噛む)
金吾 ああ、省線の通ってるガードってえのはこれだ。左つうから。……ああ、ここなら、この前来た時通った。金太こっちだ。そこの角を曲って、ちょっと行った、もうすぐだ。(二人小走りに急ぐ。遠くの空を、異様な、ザアーッと言うような爆音がこちらに向って近づいてくる)
金太 あれ、何だろうな、お父ちゃん?
金吾 電車が動き出したかな?……(言ってる間にも爆音は近づいて来て、空を蔽うような激しさになる)
警防団員の声 (近くで)艦載機がやって来たぞう! 艦載機だ! 待避! 待避! 艦載機だあ!(バタバタバタ、バタバタバタ、と人々が待避する物音)
金吾 金太、駈けるだ! すぐ、あのそれ、それが敦子さまの店だから――(二人が駈け出して、その店の前)
警防団員三 待避だ! おい君、何をボヤボヤしてるんだ、伏せろ。おい君、こら!
男 あーん?(おそろしく、間抜けた声を出した老爺がいる)
警防団員三 伏せろ、馬鹿、危い!

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(言う言葉にかぶせて、急速に迫ってきた低空の艦載機の爆音と、それからうち出す機関銃の掃射音と、それが屋根やコンクリートにはね返る音。それが一瞬の内に、突風のように通りすぎて行く)
[#ここで字下げ終わり]

金吾 金太、そこの内の横にとび込め! おい、あんた、ここに立って居ちゃあぶねえ、それっ!
(その老爺が妙な叫び声をあげるのを引っ抱えて、ころげるように、横路地にとび込む)
警防団員三 まだ来るぞう! まだ来るぞう!
男 (ボウボウ声で)なんだよ、何をするんだ、おい君イ。
金太 だってまだ来るだよ。危ねえよ。
金吾 ここにジッとしてるだ。金太、この人の手をつかまえていろ。

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(再び艦載機の一群が、ガアーッと低空をなめて、機関銃の発射音と共に、この上をとびすぎて行く)

(あと、シーンとして何の物音もしない。遠くで、ダダーン、ダダーン、ダダーンと、無駄に乱射される高射砲のひびき)
[#ここで字下げ終わり]

金吾 金太、何ともなかったかや?
金太 うん、大丈夫だ。
男 ふん、へっへ、うーむ。(唸り声とも笑い声ともつかぬ声を出す)
金吾 あんた、何ともなかったかね? ええ、――おっ!(口の中で声を出して暫く相手を見守っていたが)……ええと、あんた、もしかすると、敏行さんじゃねえんでやすかね? 黒田さんの敏――ああ、やっぱりそうだ!
敏行 あん? 誰だよ?わしは黒田敏行だが、そういう君は――?
金吾 やっぱりそうでやした。柳沢の金吾でやすよ、信州の。
敏行 ……ああ、柳沢金吾君か。そうか、どうも――すると君も、なにかね、春子や敏子に逢いにやって来たのか? そうか。わしあ、さっきここに来たんだが、この内には春子も敏子もだあれも居ないよ。
金吾 そうでやすか、するつうと、春さんや敏子さんの行った先はわからねえんでやすかね?
敏行 なあに、壁にな、なんか置手紙のようなもんがピンで止めてあって、なんでも市川とか保土ヶ谷とか、書いてあったが……金吾君、君はなにか食べるものを持っていないかな? わしあ、この二三日、実になるようなものをなんにも食ってないもんだから、もう腹が減って、腹が減って……
金吾 そうでやすか、ちょっくら待ってくんなして。(リュックサックの紐をほどいて、リュックを開けながら)金太おめえこの中に入ってな、その敏子さんの置手紙というやつ――壁に貼ってあるそうだ、それを探して来てくれろ。
金太 あい!(立って横路地の、その店の横にひらいた戸口をガタガタ開けにかかる)
金吾 そうだ、とにかく中へちょっくら入りやしょう、さあ!(リュックをさげてそれに従う)
敏行 なんか食べるものさ。あったら、とにかく早く、なあ君!(まるで乞食のような言い方で、二人に続いて戸口を入る)
金吾 (入った裏口の、たたみの土間の上りがまちに[#「上りがまちに」は底本では「上りがままちに」]リュックを置いて、その中から竹の皮包の握り飯をとり出す)そいじゃ、これをお食べなして。春さんや敏子さまやそいから横浜の敦子さまにも食べさせべえと思って持ってきたやつで――。
敏行 (ひらかれた竹の皮包の握り飯を一目見るなり、ガタガタふるえる手で、つかみかかるように、その二つばかりをとって、いきなりかぶりつく)あ、こらあ君、白米の握り飯じゃないか! こうあ――あ、ふう―― うむ――(歯を鳴らし、ピチャピチャと音をさせて、むさぼり食う)
金吾 ……(その有様をジッと見ながら)そんな急がねえで、急いで食うとノドに詰まる。
敏行 うむ、うむ――(言ってるそばから、ノドに詰まったようで、眼を白黒させて、グウッグウッと音をさせる)
金太 (内から戻って来て)お父ちゃん、これがそうじゃねえかな?
金吾 よし。(金太の渡す紙切れを受とって)いけねえ、ノドに詰めた。金太、そこらに水はねえか?
金太 うん?
金吾 ああ、そこの棚のヤカンをちょっと取ってみろ。
金太 (ヤカンの音をさせて)ああ、へえってらあ、あい。(と、ヤカンを持って来て金吾に渡す)
金吾 さあ、これを飲みなせえ。(敏行につきつける)
敏行 う、う――(ヤカンから口飲みをして)
ふうーっ!
金吾 (敏行の背中をトントンと叩いてやりながら)あわてねえで。
敏行 どうも、すまん、なんと言ったらいいか、金吾君、ありがとう、ホントに――(少し落ちついてムシャムシャと音をさせて握り飯を食う)
金太 (置手紙を読んでいたのが)ああ、こらあやっぱり、敏子さんが書いていったもんだ。市川の方へ行ってから、保土ヶ谷へ廻ると書いてあらあ。
金吾 金太、声を出して読んでくれ、父ちゃん眼鏡忘れた。
金太 あい、読むよ「ここに来て下さる方に書いて行きます。昨夜の空襲の時に、お母さんが一郎をおぶって、すぐそこの学校の地下室に待避したのですが、いつまで経っても戻ってこないので、探しに行っても、もう誰も居りません。いつも空襲がひどくなって、いよいよとなれば、市川のハナワの方へ逃げて行くのだと、言い言いしていましたから、そちらへ行ったのかも知れないと思いますし、また、もしかすると、保土ヶ谷の奥に疎開している敦子おばさまのところへ行ったのかもわからないので、私もそちらへ行ってみます。市川と、保土ヶ谷の所番地は次の通りです。敏子」そんで、所番地が書いてあるよ。
金吾 そうか……
敏行 うー、ふん、うー――(はじめ、妙な唸り声を出すので、またノドでも詰まったのかと思って金吾と金太郎が見ると、そうではなく、口のはたに飯粒をくっつけたまま、ボロボロ、ボロボロ大粒の涙を流して、泣き出している)おう!
金吾 敏行さん、どうしやした?
敏行 おう、う……(手離しで、オイオイと、ただ泣く)
金吾 ……どうしたんでやすか?
敏行 ……(やっと泣きやんで)金吾君、君の勝だ、いかになんでも、わしももうここまで落ちてはなあ。昔から君という男を、あれだけ馬鹿にしきって、ふみつけにしてやってきたこの俺《わし》という人間――この人間の正体がこれだよ。そういう君から、こんなさ中[#「さ中」に傍点]に握り飯を貰って、ガツガツと食っている。笑ってくれ金吾君。春子のことにしたって、春子はむかし、わしの妻で、そいで子までなした仲だが、そして一方君は、それをながめて指をくわえて口惜しいおもいをして来たろうが、今にして思うと、春子という女は君のものだったんだよ。形の上では、わしの女房だったかも知れんが、ホントのわしの妻だったことは、一日だって一刻だってなかった。わしあ、あんなことで、あれ達を捨てて、ほかに二人も三人ものへんな女を渡り歩いて、挙句、上海へもちょっと渡ったが、仕事はうまくいかん、帰って来てみると、行く所もなくなってるし、その中に空襲だ、横浜で焼け出されてな、ウロウロしている中に、ヒョイと、敏子に赤ン坊が生まれたという噂を耳に入れてね、どういうのか、こいでも人間の内かなあ、その孫の顔を一目見たいような気がしてな、そいで尋ね尋ねて、こうやってここまで辿りついて、そいで君に逢ったら孫のことも敏子のことも春子のこともおっぽり出してこうやって握り飯に噛りついているのだ。ガキだ。だのに君はそうやって相変らず、春子や敏子が何処に行ったか、そいつを心配している。君の勝だよ。春子は君のおかみさんだ、そんで、その赤ン坊は、わしの孫じゃなくて、君の孫だ。ひとつ、よろしく頼むよ。わしあ、ここいらで、消えてなくなろう。(立上って、フラフラ戸口を出て行く)
金吾 敏行さん! そんな、あんた――そいで、あんたさんはこれから何処へおいでになりやす?
敏行 ははは、いや、群馬県の方にちょっとした縁故があるからな、そこへでも行く。
金吾 そうでやすか、そいじゃ、これは失礼でがすが、この残りの握り飯は持っていって下せえ。
敏行 そうかねえ、すまんなあ、そいつは。おかげで助かった。――そいから今言った、市川と保土ヶ谷というんだが、春子たちの行った先ならそれは市川の方じゃないかな。わしあ、そう思う。保土ヶ谷へんは、わしあ昨日通って来たが、空襲で危くてなあ。
金吾 そうでやすか、そいじゃいずれ、わしあ――
敏行 そいじゃ、まあ……(フラフラと歩いて路地を出て行く)……
金太 ……そいでお父ちゃん、これからどうするだい?
金吾 そうさなあ――じゃ、市川の方へ先ず行ってみるか?
金太 春子おばさん、赤ン坊をおぶってるというからな、そいで、どけえ行ったずら? 可哀想に!

[#ここから3字下げ]
遠くで、ダダーン、ダダーン、ダダーンと続けざまに高射砲の音。

音楽
[#ここで字下げ終わり]


[#3字下げ]第18[#「18」は縦中横]回[#「第18回」は中見出し]

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 壮年
 少年(浮浪児)
 金吾
 中年の男
 若い男
 青年
 春子
 中年の女
 若い女
 駅員(上野)
 金太
 お仙
 お豊
 駅員(海尻)

音楽(いきなり激しい)

プツンと音楽がやむ。
[#ここで字下げ終わり]
壮六 (語り、老年)ええ、金吾と金太郎は敏子さんの置手紙にある市川まで歩いて行ってみたそうでやす。金吾はそこの家にはずっと先に一度、行たことがあるので先方でも覚えていてね、そいで春子さんのことを訊くと春子さんは
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