@おっ!
壮六 なんだ?(再び石が飛んで来て戸板に当る)……どうしたつうんだ?(立って土間におりる。戸をガラリと開け)何をさらすだっ!(庭端にとびだして闇に向って叫ぶ)おーい、村の衆、つまらねえ事あ、よしてくれえ! 話をつけには明日にでも俺が行くだから、そんな事あ、よせいっ!
闇の中の声 ……(いっときシーン、としていてから)ヘッヘヘヘ、柳沢金吾の助平ぢぢい! 色きちげえめ……
闇の中のもう一つの声 大工の喜助を出せえっ! 今日はよくも村のもんをなぐつたなあ! 仕返しをしてやるから、喜助を出せえっ!
金吾 ……そんな、そりゃ、皆の衆!(と思わず庭場へとび出して、林へ向って叫ぶ)俺が、おめえたちに、どんな悪い事をしただ? 話があれば聞くだから、そんな……この開墾の事だって、ここを切り開いてしまえば、水の筋が変ってしまって、この下の水田は駄目になるぞっ! 黒田様の土地が欲しけりゃ、俺あ村へ寄附してもええだ。なんで俺が国賊だ?
闇の中の声 へっへへ、色きちげえめっ!(バラバラと石がふってくる)
金吾 あっ、っ!(石の一つが額口にあたった)
壮六 あ、いけねえ! 切れたな? 金吾、お前ひっこめ、よ(闇へ)おーい、金吾はお前たちの石で頭あ割られたぞっ! つまらねえ事あ、よせっ! さ、金吾、内ん中へ、へえるんだっ!(金吾を引っぱる)
金吾 (引きずられながら叫ぶ)俺が、どんな悪い事ばしただ? 村の衆、聞かしてくれろ! 俺がどんな事したれば、こんな目に会うんだあ!
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暗い林の中でケラケラと笑い声。
烈しい音楽。
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[#3字下げ]第15[#「15」は縦中横]回[#「第15回」は中見出し]
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壮六
金太郎
金吾
敦子
お仙
春子
音楽
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壮六 (語り、老年の)そうでやす、共同耕作問題ではひどいゴタゴタがあったが、結局は、黒田の別荘だけを残して開墾してもらいたいということを金吾の方から折れて出て、開墾がはじまったが、あの頃のそういう事というものは大概そうだったが、はじめ四五町開いただけで、あとはウヤムヤに放りっぱなしになってしまった。
黒田の春子さんはその後も東京辺であちこちしていろんな目に逢いなすったそうで、お嬢さんの敏子さまは横浜の敦子さま御夫婦のお世話で芸者にはならずにすんだようで、その間もたまあに春子さんは金吾のところに見えたようで、一番しめえに見えたのは、そうだ忘れもしねえ、太平洋戦争が始まった年だったから昭和の十六年だ。なんでも東京でひどい病気になられたそうで、その後の養生をこっちでさせてえつうので敦子さまと敏子さまが連れて来さしってね、その春の末から秋まで別荘で寝たり起きたりしていなすった。その間、金吾は例の通り、ちゃんとめんどう見てやってね、一生一度、半年近く春子さまとシンミリ暮したわけだ。
はは……(と寂しく笑って)といっても、金吾もその時は白髪の方が多いジジイになったし、春子さんも、もういい年で、すっかりやつれてしまいなすってね、それに、病気がひどい熱病だったそうで、それ以来、どういう加減か、頭がすっかりぼけてしまって、どうにかすると十二三の子供みたいになっちまった。それまでの苦労があんまりひどかったせいもありやしょう。何を見てもすぐにおびえる風でね、ただもうお豊さんの娘のお仙ちゃんや、その弟で金吾の後取りの金太郎、これはもう十四五になって金吾の内へ来たっきりになっていたが、この金太郎やお仙ちゃんを相手にして、まるで小さい子のように遊んでばかりいなすってね、それに東京からこっちへ来る時に拾って来たという犬をえらく可愛がっていやしたっけ。そういう、罪が無いと言えば罪の無い、まあ気の毒なようなお人になってしまってね、金吾は、まあそれのお守りみてえな事だったなあ……。
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遠くまた近く、夏の終りのすがれた山鳩の声がひびく。
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金太郎 (よくとおる少年の声で、働きながら歌う「農民道場の歌」)……見よ東《ひんがし》の朝ぼらけ……
金吾 よいしょ!(とこの二人は林のはずれの、狭い稲田に刈り倒して並べてある稲の束を、金吾はまとめて束る、金太郎はそれを二つに割ってサヤに干している。その稲の束を扱うサヤサヤ、サヤサヤという音が継続する)
金太 やれ、どっこいしょ! やれ、どっこいしょ! へえ、もうあとちっとでおしめえだ。
金吾 ははは、そうよ、なんぜ田圃が小せえからの。金太よ、もう少しそうっと割って掛けねえと、米粒がおっこちるぞ。
金太 あい。こうかや?
金吾 そんだ、そんだ。金太もだいぶ上手になった。こうやって稲を刈ってな、サヤにかけて干すのは、ただ乾かすだけじゃねえんだぞ。こんで、根は刈りとっちまったが、まだ幹には養分があってな、それをさかさにしてこうやってかけておくと、まだこれからだって稲の粒は大きくなるだ。
金太 あのな、お父ちゃん……開拓農場の方じゃ、トラクターをまた一台入れたよ。この間なんぞ、駅前の雑木林をひっくりかえしてたらトラクターがデングリ返ってな、そこら中はねくり廻ってあばれたよ、あははは。
金吾 あははは、まあまあ怪我人がでねえようにするこった。
金太 春子おばさんが、あのトラクターの音ば、えらく恐がってね。この間も、遠くの方であれがしはじめたら、俺と二人で蝶々つかまえてたのが、いきなり駈け出して逃げたっけ。
金吾 そうか。病気のせいで頭あ馬鹿になっちゃってるんだから……
金太 うん、まるで、へえ、ちっちゃい子みてえだ。今、なにしてるかなあ。
金吾 ははは、きんにょ[#「きんにょ」に傍点]から、東京から敦子さまがみえて下すってるし、そこへ今朝っから海尻からお仙ちゃんが遊びにきてくれるし、ご機嫌だらず。俺だちも、ここ終えたら今日は早く引上げて別荘の方へ行くべ。
金太 敦子さんのおばさんもいい人だなあ。きんにょ、別荘についたらな、罐詰だとか、そいからお菓子なんずを、俺と春子おばさんに次から次とあけてくれてな、そしたら春子おばさんが出されるものを、はじから食べちまって、しまいに食べこぼしたら、敦子おばさんがとても叱ったぞ。したらな春子おばさんがメソメソ泣き出して詫まるんだ。したら、敦子おばさんがかんべんしてやったら、春子おばさん、すぐにニコニコして、とても甘ったれてな。おばさん達は、あれは親戚かい?
金吾 (何か胸を打たれて、ちょっと黙って)……ううん、親戚だねえが、小せえ時からの仲よしでな、ははは。ちょうど海尻の金太のおっかあやお父うと[#「お父うと」は底本では「の父うと」]俺の仲のようなもんだ。
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遠くで山鳩の声。それにまじって、林の奥から、はしゃいで駈け廻りながらこちらへ近づく犬の吠声。
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金太 ああ、ジョンが来たよ。どうしたんかな?
金吾 うむ……
金太 ああ、敦子さんのおばさんがこっちへやって来た。
敦子 (林の小道をこちらへ近づいて来ながら)ああ、ここにいたのね。金太郎さんも加勢?
金吾 こりゃ敦子さま、ここを終えたら俺たちも別荘の方へ行ってみずと思っていやしたが……
敦子 (笑いながら)いえ、別荘の方はお仙ちゃんがお寿司なんぞ持って来てくれたもんですから、春子さん嬉しがって、大騒ぎでね。そいで、みんなで山へ登るんだ、山へ登るんだと言ってきかないもんだから、こうやって引っぱり出されて来たの。したら、途中にきれいな花が咲いていると言って、お仙ちゃんと二人で夢中になっちゃって。でも金吾さん、昨日からこっち、しみじみお礼も申しませんけど、おかげさまで春さん、見違える程元気になったわね。当人があの調子だから、世話がやけたでしょうね。
金吾 ははは、なあに、俺の言うことはハイハイちってなんでもよくきいて下さるんじゃから。
敦子 でもホントによかった。敏ちゃんが知ったら、どんなに喜ぶだろう。
金吾 敏子さまは、その後お元気でやすかねえ?
敦子 あの子も連れてくりゃよかったわね。あんたの事を懐かしがってね、どうしても一緒に行きたいと言ってたけど、暫く前から内で、銀座の裏に支店みたいなものを出してね。私の甥の杉夫という子にそこをやらせることになっていましてね、その下で敏ちゃん、会計や帳簿を預かってやってるの。近頃世の中がこの調子でゴタゴタと、絹物の変動が激しいもんだから、一日も手を離せないもんですからね。だけど、暫くぶりでここへ来てみると、ここらはいいわねえ。静かというのか、耳の奥が何かしらキューンと鳴るような気がする。東京や横浜の近頃なんて騒々しくてね、戦争はだんだん拡がる一方だし、食べるものや飲むものは不自由になって来たし、ガアガア、ガアガアと、まるで気違い病院ね。久しぶりにこうして、ここにしゃがんでいると、なんか狐が落ちたような気がしますよ。
金吾 そうでしょうねえ。
敦子 金太郎ちゃんも、もうすっかり一人前のお百姓だわねえ。偉いわね。
金太 ふふふふ。(嬉しそうに笑う)
金吾 なあに、ナリばかり大きくても、へえ、お仙ちゃんがやって来ると、忽ち姉弟喧嘩をはじめるだから。(金太郎笑っている)
敦子 ああ、思い出した。この稲田は、あのそれ金吾さん、ずうっと以前、私達がはじめてここに来た時分、あんたが水田にするんだと言って、水を入れてかきまわしていたあの田圃じゃなくって?
金吾 そうでやす、あん時あ、黒田先生にも随分お手数をかけやして、でもまあやっとこうして、僅かばかりでもお米がとれるようになりやしてね。
敦子 そう、考えてみるとほんの二三年前のような気がするけど、あれから三十年の上もたっちゃってるのね。忘れないわ、たしかあなたがここを掻いている時に、春さんや私や、そいから敏行さんや、そうそう、あれはイトコの香川も一緒でしたっけ。八ツ岳へ登るんだと言ってここを通りかかってさ。案内に無理やりあなたを引っぱって行ったことがあったっけ。歌をうたったね、そうそう――札幌農大のうた――(ウロ覚えの歌の節で)
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都ぞ、弥生のくも紫に――
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金吾 (後をつけてうたう)都ぞ弥生の雲紫に――覚えていやす、ははは。
敦子 尽きせぬ香りに濃き紅や――(歌ってる内に涙声になって、うたえなくなってしまう)ばかねえ、若い時というものは。あの人もこの人も、人の心も知らないで――私もこうしておばあちゃんで、金吾さんもおじいさんになった。
金吾 まったくだなあ、ははは。(寂しく笑う)
お仙の声 (林の奥から若々しい)おーい、敦子おばさあん!
春子 (その尻に乗って、子供のようにはしゃいだ声)おーい、敦子さまあ!(二人はこっちへ走って来るらしい)
敦子 (ふり返って)そらそら、春子さんの極楽トンボがとんでくる。あの人だけが若い時分とおんなじよ。
金太 おーい!
お仙 (ハアハアいって近づいてきて)敦子さんのおばさん、こら、こんなダズマ!(犬のジョンがワンワンと駈け廻って吠える)
春子 こら、ジョンや、そんなにじゃれついてはいけませんこれジョン! 敦子さん、これごらんなさい、私のダズマの方がお仙ちゃんよりずっと多いわ、ね、金吾さんほら!
お仙 春子おばさんたら、私が見つけると飛びかかってきて先にとっちまうんだもの、ははは。
敦子 まあそう、キレイだわねえ、何とこの色!
春子 これ敦さんにあげる、そいから半分金吾さんにあげる、金太ちゃんにはこの飴玉あげる。
敦子 あら、春子さん、どこに隠してもっていたの!
春子 ははは、狡いでしょう私。
お仙 金太、もう、ここのかり干しすんだかや?
金太 うん(いいながら、春子から貰った飴玉を口に放りこんで、ガリガリ噛る)
金吾 さあて、これでよしと。
春子 あのね金吾さん、これから私達みんなで山へ登るの、ご一緒に連れて行ってくれない?
金吾 山でやすか。
敦子 あら、まだ覚えているわ。(春子に)でもねえ春さん、山はよしたらどう? もう今日は遅いんだし――
春子
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