ヌ理をしてる別荘とかに手をつけさせたくないとかいった――
壮六 いえ、轟さん、そりゃあなたさま、そんな……いえ、そりゃそういうわけもあるかも知れませんが、金吾という男は、そういう自分だけの理由のためにですなあ、国家が命じている事柄に対して反対をぶつような男じゃねえんでがして――
轟 ははは、まあ、それなら実行組合の考えに従ってやるんだなあ。こういう時勢になってくると君、なんといっても、国民精神を総動員しなきゃやっていけない。今度部落の人達に逢ったら、私からもなるべく事を荒立てないように、そう言っとくがね。私なども県会で時々妙なことを言われる位で、理くつが通っているいないに関係なく、自分の意見をあまり強く押し出していると、下手をすると国賊だなんと言われるからね、ははは。

[#ここから3字下げ]
音楽(信州の夏のテーマ)

川合壮六が海尻の町を急いで歩いて行く、その靴の音。犬がちょっと吠え、小さい子が、ワアーイと言って飛び出してきたり、少し大きな男の子が「勝ってくるぞと勇ましく……」とうたう声など。壮六歩いて行く。遠くの方から、ドン、ドン、ドンと急調の太鼓の音。それに合せて、かすかに歌の声が聞えてくる。(流行歌)
[#ここで字下げ終わり]

壮六 (歩きながら、家の前に立って、向うを眺めているお豊を認めて)やあ、お豊さん、こんちは。
お豊 (ふり返って)ああ壮六さん、いつこっちへ上ってきやした?
壮六 いや、今朝やって来やしてね……(遠くを見て)何の騒ぎかな?
お豊 出征する人が、今駅をたったんでね、この町からも森の市造さんだとか、落窪からも一人出たんだと。
壮六 そうかねえ。いよいよどうも戦争もだんだんひろがってきたようだなし。
お豊 まあ、おかけなして。(家の中へ)お仙よ! お仙、壮六のおじさん見えただから、お茶を出すだよ。
お仙 (十八九の娘)あい。
壮六 いやいや、今日はおら急ぐんで、そうしちゃおれねえ。
お仙 壮六のおじさん、おいでなんし。
壮六 やあお仙ちゃん、すっかりきれいになっただなあ。
お仙 いやだ、おじさんたら! ふふふ、(奥へ引込む)
お豊 あの調子でね、なりばかり大きくなっても。
壮六 はは、ところで、喜助頭梁は、今日は?
お豊 ああ、あの人は今日は仕事の話で落窪まで行ってね、そいで、ついでに金吾さんとこに寄るつうんで、例のもめてるつう開墾の話で、喜助はいきり[#「いきり」は底本では「いきなり」]立ってね、今日は落窪の実行組合の顔役衆のところへ談じこむんだと言って出かけやしてね。
壮六 そうかよ。実は俺もやっぱしその用事でな、今日はそこの轟さんの所へ寄って、今迄お願いしてみたども、あの衆もいろいろわけがあって、これ以上調停役に乗り出す気はねえちってな。そいでまあ、俺あこれから海尻の郵便局の林さんとこへ寄って話をして、それから落窪の実行組合の人たちに逢えれば逢って話をした上で、今夜金吾の所さ行って、泊りこんでようく話をつけべえとこう思ってな。
お豊 そうかね。おめえさんが行ってくれりゃ安心だ。
お仙 (上り端に茶を出して)壮六のおじさん、お茶でやんす。
壮六 あい、ありがとうよ。(茶碗をとって、立ったまますする)
お豊 家の喜助がまた酒でも飲んだとなると、どんな乱暴なことしでかすかわからねえ人だから――
壮六 なあに、あんで性根をとっぱずすような頭梁じゃねえ。そんじゃ俺ら急ぐからな――(と飲みおえた茶碗を上り端において)お仙ちゃんよ、今にこのおじさんが、いいおむこさん探してやっからな、磨きあげて待ってろよ、ははは。
お仙 壮六おじさんの馬鹿!
お豊 みろ壮六さん、馬鹿なんてお嫁さんがあるかよ、ははは。
壮六 そいじゃな。
お豊 あい、よろしく頼んます。

[#ここから3字下げ]
(お豊のせりふにダブって、出征兵士を送る太鼓の音が次第に近づき、遠くで「ばんざーい」という人々の声がして、やがてそれらの音が次第に遠ざかる)

(街道をトットットットッと歩いて行く壮六の靴の音。やがて川波のひびき、壮六の速度は早いので、前に歩いて行ってる人の下駄の音がだんだん近づいて来て)
[#ここで字下げ終わり]

壮六 おお、そこに行くのは海の口の林さんじゃねえでがすか?(追いつく)
林 (ふり返って、見迎えて)やあ、これは川合君、珍らしいなあ。
壮六 今日は郵便局は休みでやすか?
林 いやあ、そうじゃねえが、落窪の鈴木の伜が入隊でな、駅まで送りに来た。
壮六 そらあ、ご苦労さまで。鈴木さんというと、実行組合の組合長でやしたね?
林 うん、そうだ。ありゃ俺の遠い親戚にあたっててね、ふだんおだやかな男だがな、この間、それ、満洲国へ村中入植した、あの大河内村の連中と逢いに行ったりしてな、それ以来、ここらの高原農業も満洲なみにやらねえじゃならんとか言いだしてね、そこへ二番目の伜に赤紙が来てな、すっかりどうもカーッとなっちまって。実は例の柳沢金吾君の問題なんぞも、どうもだんだん折合いがつけにくくなって、わしも間に入って困っているんだ。
壮六 実はそのことでやす林さん。わしは轟さんに今逢ってきやして、いや轟さんも、実はこれ以上間に入るわけにもいかねえてなことで、それに、落窪の水田が大方轟さんの持田であるために、あの方の立場もなかなか複雑なようでやしてね。金吾という奴が、ご存じの悪気はねえ奴でがすけど、何しろ一徹でがして。とにかく、こんなことでやっさもっさやってると、今にどんなことが起きるかわかりやせん。この御時世にそれじゃ申し訳がねえので、金吾には俺から、よくそう言って、ちっとは折合いをつけさせようと、そう思いやしてね。実は金吾があすこの山を開拓するについて反対してると言うのが、あの別荘から山林、名儀は金吾のものにずっとなっていやすけどね、本人はやっぱし黒田様から預っている料見でいやすんで。
林 なんせ実行組合の方では、今日明日にでも組合の決議をして、明日が日からでも開墾の鍬入れをしようと息まいているだから、下手をすると力づくの争いが起きかねない。どうもこんなことになるというのが、金吾君が、せっせと百姓をして、ああやって人の手をつけねえ奥地で立派な水田持ちになったのを、黒田さんとの関係が出来たからだと、みんな見るだなあ。羨しがって、焼もち半分に、憎んでいた。そこへこうやって供出々々ということになって、金吾君は黙ってドシドシ割当以上の供出をやるしな。左様さ、どうで金吾君の供出も、落窪の供出全体の率になることだから喜んで居りゃええのに、あふられちゃってハタが迷惑だと思う。どうも人間というものは一筋繩で行かねえものだ。そこへさ、ははは……(淋しく笑って)黒田さんの別荘の、あの春子つう人を金吾君が好きになってるのばなんか怪しからんことのように見るだなあ。黒田の別荘を開墾したくねえという金吾君の気持を、それに引っかけて、取るだ。こいでみんな男と女で、自分達だって折があれば、ひっついたの、惚れたのはれたので、いい加減やらかす癖に、他人のそういう事は、イヤらしく見えるもんだ。そんなことが話がもつれる原因として小さくねえさ、ははははははは。

喜助 (海の口の町はずれの居酒星「杉や」の店の前の縁台で五合ますからジカに酒をあふりながら、荒れている)なあおい、杉やのお妻さんのおかみさん。そいつはみんな焼餅だべ、そうじゃねえか、世の中の人間には、男と女と二色しか居ねえや。男が女に惚れたり、女が男に惚れたりすることは当り前で、それがなくっちゃ人間の種が絶えべえ。馬鹿にしくさって、金吾が黒田の春子さんにおっ惚れたのが、何がいけねえんだ!
お妻 (中年のおかみさん)まあまあ喜助さんよ、内の店先でいきまいてみたってどうならず? まあきげんよく飲んでくんなんし。
喜助 山を開墾しようと言う話に、そういう焼餅根性を持ち込んで、一人の人間が正しいことを言ってるのば、みんなで押しふせようとするのは、なんだ? 果ては、金吾にだけは肥料の配給をよせだなんて言いはじめる。これがヒガゴトでなくて、世の中にヒガゴトが有るか? そいで俺あ実行組合に談じこんでやろうと思って出かけて来ただ。したら、組合のえらがたは、みんな留守だと言やあがって、ようやっと、一人だけ畑に出てるとこを掴まえていくら話しても俺にゃよくわからねえちって逃げを打たあ。あんまりシャクにさわるんで、そいつをひっぱたいて俺あ引上げて来たとこだ。ちしょうめ、ムシャクシャしてならねえんだ!
お妻[#「お妻」は底本では「壮六」] だけんど、そんな事で落窪の衆をなぐったりなすったりしていると、又、やれ、仕返しだなんて、ますます事がこんぐらかりやしないかねえ。近頃じゃ、なんかと言うと直ぐに国策だ国策だで、ちょっと何かすると駐在まで乗り出して、人の事を国賊だと言ったり、村八分にするだなんとおどかしたり、うるさい世の中になってきたからなあ?
喜助 人間が正しい事をしてるのに、何の怖え事があらす? 国策だとでも国賊だとでも何とでも言いな! ただなあ、百姓に肥料の配給をとめるつうのは、大工からノコギリを取り上げるのと同じで、捨ておけねえぞ。な! そういう事をやってええのかお妻さん、返答しろ!
お妻 そんな事、わしに言ったとて、困りやすよ。

[#ここから3字下げ]
外の道を一二の村人が通る。「お晩でやす」「お疲れさんで……」などの声。
[#ここで字下げ終わり]

壮六 (靴音をさせて近づいて来て)おお、喜助棟梁、こんな所でどうしたんだ。
喜助 ああ壮六かよ。なあに、金吾のことでな、今落窪の実行組合の世話役を一人ひっぱたいて来たとこだ。あんまり話がわからねえんで。
壮六 ひっぱたいた? そんなムチャな――いや、後で話さあ。こいからお前どうする? 俺あこれから金吾んちへ行くが?
喜助[#「喜助」は底本では「善助」] じゃ俺も一緒に行くか。金吾んちで一杯のみなおしだ。ちしょうめ!
壮六 ……(金を出してそこに置いて)おかみさん、おやかましう。代はここに。さ、棟梁! 大丈夫かよ?
喜助[#「喜助」は底本では「善助」] なあに!
お妻 そりゃどうも。だいぶ呑んでるで気をつけてな。

[#ここから3字下げ]
「お晩でやんす!」と言って通り過ぎて行く少女。

音楽(信州のテーマ、静かな)

遠くでフクロウの鳴声。

いろりばたで、めしを食い終えた茶碗や箸の音がして。
[#ここで字下げ終わり]

金吾 壮六、もう汁はいいかい? まだあるぞ。
壮六 いや、俺あもうたくさんだ。喜助棟梁が目えさましたら食わしてやれ。……見ろま、棟梁すっかり酔いつぶれて寝こけてら。腹あ立ってるもんで酒がよく廻るだ。
金吾 喜助さんと言い――(大鉄びんから茶をつぎながら)お前と言い、俺の事じゃいつも心配かけてすまねえなあ。
壮六 なあに心配はいいが、どうだ、ここらで何とか話をまとめねえと、どうにもおいねえがなあ。お前も言うだけの事は言っただから、どうだ、黒田の別荘だけは手をつけねえという事にして、あとは勝手に開墾させるという――言って見れば妥協だが、今の御時世なんつもんは、一切合切軍部軍部で、ここらの実行組合の世話役なんず、言って見れば軍部だかんな、長い物にゃ巻かれろだ。
金吾 うむ。だけんど、そうするとしても別荘にゃ、ふだんは誰も住んでねえしな、ああしておくのは食糧増産の国策に反すると言ってるだから、あすこを残して開墾してくれと言っても組合でウンとは言うめえ。
壮六 そりゃ話のつけようだ。俺がちゃんと話をつけて見べえ。
金吾 俺あ駄目だと思う。そんで万一あすこが取りつぶされちゃったら、今後又春子さまがこちらに見えた時、どこに置いときゃええだ?
壮六 そうなったら問題ねえ、このお前んちに置きゃええよ。
金吾 そ、そんなお前、そんな事あ出来ねえ!
壮六 はは、お前という男も、なんとまあ、ふふ……

[#ここから3字下げ]
その時、不意に、この家のハメ板や窓に向って周囲の林から小石がふって来てカタッ、カタッ、バラ、バラガタンと激しい音。
[#ここで字下げ終わり]

金吾
前へ 次へ
全31ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング