竄チて会うだけは会わせるが、二人だけの話はよしにしてくれよ。僕が後で、社長から叱られるからね。なに、この人の一身上のことでは心配しなくてもいいよ。この事務所で、炊事だとか、つくろいものなぞをやってもらっていてね。今日は山祭りでみんなこうして一杯飲んでいるんで、お春さんにも一口飲まして、まあ愉快にやってるんだ。君もどうだ、一杯。
金吾 へえ、どうも。わしあどうも不調法で――
源次 そうか、そいじゃまあ――おい、みんな、お春さんも景気よく飲もう、さあさあ。え、飲めよお春さん、遠慮するなよ、おめえ、いける口じゃねえのか。
春子 事務長さん、かんべんして下さいな。私あ、もう――
源次 だってお前、さっきまでさされた酒はいくらでもカプカプ飲んでたじゃねえか。この、ええと、金吾さんとかが現われた途端に飲めねえというのはどうしたんだよ。今更そんな様子ぶったってしょうがねえぜ。さあ、飲めよ!(近寄って行き、茶碗を持たせて、ゴボゴボと酒をつぐ)さ、飲んでくんなよ、さあ!(春子の茶碗に手を持ちそえて、無理じいに飲ませる)
春子 あ! アプッ、アプッ!
助三 事務長、まあいいじゃねえか。高い酒をそう無理に飲ませなくたって――どれどれ俺が助けてやるか。
源次 (助三の出した手と、同時に横面をピシリパシッとなぐりとばして)何をしやがるんだ、俺がさした酒だ、すけてくれと誰が言ったい。さあ飲みなよ、お春さん!
春子 ええ、飲みますから――あの飲みます(泣くように言って、茶碗から飲む)
源次 ははははは。(須川と嘉六も笑う)
嘉六 (いきなり、胴間声をはり上げて、木曾節をうたいはじめる。手を叩きながら――後半は須川もそれに和す)
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木曽のナ、なかのりさん、木曽の御嶽さんはナンジャラホイ、夏でも寒い、ヨイ、ヨイ、ヨイ。

(源次と古賀、一緒にはやす「アラ、ヨイヨイヨイのヨイヨイヨイ」)
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須川 俺あ踊るぞ! おい、お春さん、いっしょに踊ろう。
古賀 ようよう! お春さんも踊れよ。
春子 もうかんべんして下さい、もう!
古賀 だって、この間も踊ったじゃないか。さあ、立てなきゃ、俺が腰をこうやって抱いてやらあ。
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(春子の体にしなだれかかったらしい)
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源次 あははは、一緒に踊れよお春さん。へっ、君も踊らねえか。なあおい、このお春っていう人には、親戚なんか誰もいやあしねえ事を俺あチャンと知っているんだぜ。もとの亭主の、その黒田とかなんとかいう男から頼まれて君あ来たんだろう。そうだろう?
金吾 いえ、ちがいやす!
嘉六 とにかく踊れ、踊れ。え?
助三 だって、もういいじゃねえか、お春さんこんなに酔っぱらっているんだから――
古賀 おい助三、お前、へんにこいつに同情するようなことばっかり言うな、どういうわけだい?
助三 だって、あんまり、むげえじゃねえか。
須川 おい、婆さんよ――木曽のナ――(春子の体を横だきにして、土間に足音をひびかせて踊りはじめる。踊りと言っても、ヨタヨタと板椅子にぶっつかったりしながら)
春子 かんべんして下さいよ。あの、かんべんして――(須川の手をふりもぎった拍子にヨロヨロッとして、源次の方へヨロケてくる)
源次 クソッ、このアマ! 気どるない!(つきとばす)
春子 あっあれ!(ドタドタドタと土間をよろけて行き、ヒィッと言って、ドシンとあお向けにひっくりかえる)
金吾 ……(さっきから、我慢に我慢をしていたのが遂に激発する)春子さまに対しておめえ何をするだ!(源次にとびかかって行く)この!
源次 なに、くるか貴様、ようし、ふざけやがって!(パシッとなぐる)
金吾 春子さまに対して、うむっ! この野郎!
源次 ようし! ちきしょうっ!(殴る、打つ、そして取ッ組み合い)おい古賀、須川、嘉六!

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後は六人の男達が放っ[#「放っ」はママ]どなり声と、打つ、殴る、蹴るの乱闘の音。板椅子や、テーブルなどのベリベリとこわれる音。暫く続くが、こちらは四人で金吾は一人なので、そう長くは続かず、袋叩きにあった金吾は土間にノビてしまう。
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源次 野郎、ざま見やがれ。
古賀 (パシッパシッと二つばかりまた殴って)フウ――。事務長、こいつ、どうしましょう?
源次 そうさな、ここにころがしといちゃ邪魔っけだ、みんなで引っ担いで、県道の角まで行って、おっぽり出してくるか。
須川 おっ、けい! こら!
嘉六 と、どっこいしょ! まさかケガはしめえなあ、ケガしてると後がうるせえからなあ。
源次 なあに、ただ気絶しているだけだい、早くしろ!
古賀 と、どっこい!(古賀と助三と、須川と嘉六が気絶している金吾の手と足を持って、ヤッショイ、ヤッショイ、ヤッショイと、ドタドタ、ゾロゾロと小屋を出て、小走りに瓦礫の上を立去って行く。マイクはそれについて行く)
春子 (背後から)金吾さーん、しっかりして、金吾さーん!
源次 んおめえはここに居るんだ!

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(マイクはこの二人を引きはなして、金吾を抱えた四人が、瓦礫の上をトットットットットッと行く、それについて行く。ヤッショイ、ヤッショイ、ヤッショイ)
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古賀 おい、ここらでよかんべい。
須川 よし、一、二の三と!(四人が金吾の体を県道上に投げ出した音、ドシン)
嘉六 ここなら、自動車が来てもひかれねえから大丈夫だい、はっは。
古賀 さあ、戻ろうぜ。(もと来た方へ歩き出す)
助三 大丈夫かなあ、今の――?
須川 大丈夫だよ。さあ、もう一杯飲もう。

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(四人が石ころの上をまたもとの小屋へ戻って行く足音)

ケーブルの音が、カラカラカラカラカラ、ガラガラジャーとあざ笑うように響く。

そこへ町のおばさんと、十六七の娘が通りかかる草履と下駄の音。
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娘 あら、ここに誰か、人が寝てるだ。
おばさん え? ふーん、もうこんなに暗くなってきたのに、どうしたんだかなあ? ああ、ここの飯場の工夫が、今日はたしか山祭りで、酒盛りをやるんだって言ってたから、酔いつぶれて寝てるだよ。
娘 のんきな人だなあ。
おばさん ははは、さあ早く行くべ。(二人は立去って行く)

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そこへ、カタカタカタと下駄の音がして、人が近づく。
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鶴 (離れた所から寝ている金吾を認めて、立止って薄暗がりをすかして見ている)
金吾 うーむ。うーむ。
鶴 あのう――どうかなすったんですか? もし!
金吾 うーむ。(唸る)
鶴 どうかなすって――(近寄ってきて)もしもし、あなた――
金吾 うーむ。春子さま! 春子さま! 俺あ――
鶴 え? ……あの、あなたは――(こごみこんで、金吾の肩に手をかけて)ああ! あなたは柳沢の、金吾さんじゃないんですか? どうなすったんです、金吾さん。こんなところで、あなたどうなすったんですか?(金吾の上半身を助けおこす)わかりますか? あたし、鶴やですよ、わかりますか。あたし、黒田様のところにずっとせんお世話になっていて、信州にも二三度行きました。ばあやの鶴やですよ。
金吾 うーむ、あつつ、つ!(と唸ってやっと少し我に返った様子。ギクンとして)ああ、鶴やさん。

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響きわたるケーブルの音。
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[#3字下げ]第14[#「14」は縦中横]回[#「第14回」は中見出し]

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 お豊
 轟(中年)
 壮六
 お仙
 林
 お妻
 喜助
 村人(三人ばかり、中の一人は若い女)
 闇の中の声(男四人ばかり)

音楽
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お豊 (語り。中年過ぎの)そいで、金吾さんは、セメント山で酔っぱらった工夫たちに、さんざん叩きなぐられて気絶していたところを、春子さんの内で以前ばあやさんをやっていた鶴やさんに助けられ、そのあくる日またその飯場に行ったそうでやすけどね、もうどうしても春子さんに会わしてくれないんですと。で、それから横浜の敦子さまの方へ廻って、又、秩父の方へ行ってみると、春子さんはもうそこにはいなかったそうで。ウソかホントか、事務所の人の言うのには、前から春子さんに同情していた工夫の人と二人で駈け落ちをしたんだと言いやす。ガックリして金吾さん信州へもどって来てね。急に十も年をとったように、いっとき寝こんでしまった、……「お豊さん、敦子さまがこれまでなんどもおっしゃった通り、春子さんは、つまらねえ女だ。俺あ今度こそそれが骨身にこたえてわかった。だのに、俺あ、その春子さんを、心からうっちゃることが出来ねえ」……そう言って金吾さん――しみじみ溜息をつきましたよ。あれは昭和六七年ごろだったかなあ、――その時分、満洲事変が起きて、それからその次の年には上海事変が起きる。そいから、たしか五・一五事件たらいうこともその年に起きて、そんで満洲国がでける。国際連盟を脱退するの、二・二六事件というのもありやしたね……そいから蘆溝橋で戦争が始まって、日支事変が焼けひろがる。へえ、わしらには何のことやらわからねえ、どえらいことがバタバタとつづいて起きて、今から思うと何のことはねえ、太平洋戦争がおっぱじるまで、思い出してみると一息だったような気がしやすよ。その間、ここら山ん中でもいろんなことが大分変ってね、息子や親父を出征さしたり戦死さしたりした家も多かったが、一番大きなことは食糧増産々々々々で、あっちでもこっちでも、えらく開墾の仕事がはじまった。それについて落窪の実行組合で、落窪はずれの山を共同耕作で開墾しようという話になったのを、金吾さんがうんと言わねえので、話がえらくもめやした。というのが、その山の真ン中へんに、黒田さんの別荘があってね、金吾さんにしてみれば、それを取りつぶされるのは、つらい。金吾さんは、ふだんはおとなしいが、一たんこうと思うとなかなかきかねえしね。実行組合では、村の旦那衆がガアガア言うし、川合の壮六さんは言うまでもねえ、郵便局の林さんなぞが間に入ってくれたり、しまいに海尻の大地主さんで轟さん、この人は県会議員にもなった人で、このへんの、まあ、一番えらいしだったが、そういう人の所まで話が行ってね、そりゃゴタゴタしやした。……

轟 (中年の男)いやあ川合君――だったね、あんたの言うことも一応はわかるが、ご存じの通り、満洲国は出来上った。支那事変はああしてグングン奥地にまでひろがってしまう。こういう際に地方に住んでいるわしらとしては、国民の主食を確保するということに全力をあげなきゃならない。そういう際にだね、山林を開拓して、主食を生産しようとする下からの民意をだな、おさえるということはできないな。
壮六 いえ、それが轟さん、何度も言葉を返すようで失礼でございますが、その柳沢金吾という男は、別に食糧の増産に反対してるわけじゃねえんでがして、あすこの林を切り払ってしまうと、あの下の段の落窪の水田の水の調子がすっかり狂ってしまって収穫が半分以下になりやしないかと心配していやすんで。
轟 しかしねえ、今君の言ってる、あの落窪の山林の下の七八町歩の水田というのは、あらかた私の家の田地でな。いや、私にはあの上の山林を切り払うと水の加減がどうなるか、というような細かいことはわからないがね、何れにしろ、それがよくても悪くても、自分の田地なために、これ以上立ち入ったことをいうのは工合が悪い。
壮六 いえ、それは私も存じておりやすが、金吾の言いますのは、あの水田が誰の持物であろうと、上の林を切れば荒れるにきまっとる。それを知っていながら、みすみす僅かなソバ畑なぞを作るために、山を開墾したりは出来ないと、こう言いやすんで。
轟 しかし、この間、落窪の実行組合の人がやって来て、ちょっと言ってたが、その柳沢君というのには、あすこの山林を開拓させたくないというわけが、他にもあるんだそうじゃないか? ――なんでもその自分が
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