ワして、棄てておきゃいいんだ。
お豊 (金太郎をかかえて近よってくる。その足音)どうしやした、金吾さんも壮六さんも? 春子さまから、また何か言って来たかね。
壮六 ……うむ、なんでもお嬢さんの敏子さまが叩き売られるとか何とかでな、そいで金吾が、これからすぐ東京へ行って来るつうけんどな、いかに何でも春子さまつう人も、虫がよすぎら。てめえが結構やってる間はふり返ってもみねえやつが、困ったときだけ、なんのかんのと言ってくる。金吾もほどほどに相手になってりゃよからず、なあ、お豊さん。
お豊 そうさなあ――
壮六 それに、今すぐ立つと言うが、今日という今日はああやって喜助頭梁をはじめ、新築祝いでみんな集って来てくれているだからなあ。
金吾 そりゃ、おのしの言うとおりだ。だけんど、俺あどうでもちょっくら東京さ行ってみねえと、どうも気になって――
お豊 金吾さん、どうしても行くだかい?
金吾 お豊さん、どうも、へえ、申し訳ねえけんど、喜助さんにゃ、よくわびといてくんな。
お豊 (しみじみと)四十づらさげて、へえ、まるでガキだなあ、おめえという人も。
金吾 お豊さん、相すまねえ。
お豊 しようねえ、行って来なんし。今日んところは、俺がちゃんと皆さんに言っときやすから、しょうねえ、行って来なんし。
金吾 ありがとうがす、皆の衆には悪いけんど――じゃ俺あ、このまま出掛けるだかんな。ちょうど一時半の汽車に乗りゃ、今夜東京に着けるだから、――(ガタガタと裏口から上って、タンスの抽出しから財布などをつかみ出し、また下りて下駄を出してはく)壮六、すまねえ。後は頼むからな。
壮六 馬鹿たれが、ホントにまあ……
金吾 農民道場の衆たちにもよろしく言ってな。喜助さんが腹あ立てねえように、お豊さん、どうかひとつ――そんじゃ……(カタカタと裏の背戸から林の小道へ出て走るようにして出て行く。向うの刈田で小太鼓のすり打ちとともに農民道場の生徒たちの合唱歌が湧きおこる)
お豊 (立って見送りながら)金吾さんつう人も何というこったかなあ。
壮六 (これも見送りながら)今日というめでてえ日に、あの馬鹿野郎……(二人の嘆息をかき消して、明るいうち開けるような「農民道場の歌」が高原一帯にこだまする)
[#ここから3字下げ]
その合唱の中に――
[#ここで字下げ終わり]
[#3字下げ]第12[#「12」は縦中横]回[#「第12回」は中見出し]
[#ここから3字下げ]
金吾
魚屋(中年男)
鈴(女中)
浜子
石川
おかみ
敏行
清乃
敏子
号外売り
音楽
東京の街路を、けたたましい号外うりのベルの音が走り去って行く。号外うりの声「満洲事変の号外! 満洲事変の拡大の号外! 満洲事変が拡大したぞうっ!」ずっと遠くでもベルの音。
それらをかすめてガーッと市内電車の音が過ぎる。
やがて立停っていた下駄の音が大通りを曲って、山の手の屋敷町の方へ入って行く。(金吾)……
塀の内からラジオの声「……ガガガ、ガアガア、本月十八日、満洲柳条溝にて鉄道線路が爆破されて以来、十九日には関東軍れい下の皇軍の奉天入城に引きつづき事態は益々拡大のちょうこうを示し……ガガガ――」
金吾の下駄の音はそれを引離して歩いて行く。
向うからギ、ギ、ギといわせて中年の魚屋が荷をかついで近づいてくる。
[#ここで字下げ終わり]
金吾 あのう、ちょっと伺いやすが、千九百五番地というのはこのへんだと思いやすが――
魚屋 (立ちどまって)千九百五番地だって? 九百五番地なら、この左手の四五軒が五番地だがね。なんという内だね?
金吾 黒田さんという内でやすけど――?
魚屋 黒田? 黒田なんて内は無かったなあ。
金吾 そこの内にいる春子さまというんでやすけど、さっきからいくら捜してもわからねえんで。
魚屋 春子さんというと、その内の御主人かね? いくつ位の人かね?
金吾 もう四十を越した人で、十六七の敏子さまという娘さんと御一緒だろうと思いやすけどね。
魚屋 わしはこの辺でもう二十年も魚屋をやっていて、たいがい知らねえ事あ無えけんどなあ……ああ、もしかするとあの内かな? いやね、もうあれは十五六年も前になるかな、たしか黒田さんという学者の人が住んでいたことがあった。さしみが好きでよく取ってくれたっけが――しかしそれだと、もうあれから二代ぐらい代変りで、今では石川さんという標札が出てるよ。なんでもセメントとか軍需品の工場かなんかやっている内だ。又なんだか知らんが満洲へんでゴタゴタが起きたらしいんで、そ言った内では景気が良いらしいや。そこのほかにゃ心当りはねえな。ま、そこい行って聞いてごらんなさい。
金吾 そうでやすか。石川でやすね?
魚屋 (カタカタと歩き出し乍ら)うむ、直ぐそこのあの角の内だ。
金吾 どうも、ありがとうございやして……
(下駄の音をひびかしてそちらへ近づき、門前に立ちどまって、ちょっとためらっていてからオズオズと敷石道を玄関へ)……ええ、ちょっくら……(言いかけてから、呼鈴を見つけて押す。奥でブザーの鳴る音)
鈴 ……(ちょっと間があって、足音をさせて玄関の内に出て来て、ドアを開ける)……いらっしゃいまし。
金吾 ええ、今日は、ごめんくださいまし。ええ、こちらは黒田様という方の――
鈴 え、黒田様――と申しますと?
金吾 あのう――わしは柳沢金吾というもので、はい、長野県から参りました柳沢と申すものでございますが、こちらに黒田様という方がいらっしゃるとかで――?
鈴 いえ、こちらは石川と言いまして――黒田さんというのは、どういう? それは、もしかすると、横田さんのおまちがいじゃございませんかしら?
金吾 横田さんでがすか?
鈴 こちらは石川名儀になっていますけど、ホントの御主人は横田でございまして――。
金吾 いえ、黒田にまちがいはねえんでやすが――(話がトンチンカン)
鈴 それでは、ちょっとお待ちくださいまし、奥で伺って参りますから[#「参りますから」は底本では「参まりすから」]。
金吾 どうも、すみませんです。(女中が廊下を奥へ歩いて行く足音――マイクはそれに従って行く)……
鈴 ……あのう(言いかけた言葉をたち切って奥座敷の障子の内から、けんだかなヒステリックな女の声)
浜子 石川さん、あんたがいくらそんな事を言ったって横田の気持はもうトックにあたしから離れて、柳橋の梅代の方にいっちゃっているんだから、なんのかんのと言ったって、もう駄目だわよ。今更になってそんな仲うど口をきくのはよしてちょうだい。
石川 そりゃしかし浜子さん、そりゃちがう。社長はいよいよ満洲で戦争がはじまったんだから、セメント山もセメント山だけど、鉄の方に手を出すつもりで、関東軍の大どこと引っかかりをつけてくれるような軍人をつかまえようというんで目下血まなことに[#「血まなことに」はママ]なっているんだから、柳橋の方に入りびたりになる暇なんぞ全然ないですよ。十日や二十日こっちへ寄らないからと言って、浜子さんのように気を立てることは要らないと思うんだ。
浜子 そりゃ石川さん、あんたが横田という人間をよく知らないから、そんな事言うんだ。私は十四年以来の仲ですからね、あの人がここの先の黒田敏行という人に取り入って、とうどうセメント会社を乗取って、今じゃその敏行という人はすっかり落ちぶれているそうよ。――そういう横田の裏も表も私は知りつくしているんだ。ずるいと言っても、まるであんた――この家にしたってそうじゃないの、私をこうやってかこって、第二号邸で自分の持物でいながら名儀をあんたのものにして、あんたは西洋館の方に住まわせているというのが、自分のおかみさんへのカモフラージュだけじゃ無い、税金のがれのためなのよ。そういう人間なの横田というのは。
石川 はは、それはあなたの焼餅半分の邪推だ。社長はそんなチッポケな人物じゃないですよ。
浜子 へっ、そりゃあね――
鈴 あのう、奥様……(障子の内の二人が、ピタリと黙る)
浜子 ……なんだえ鈴や?
鈴 お客様が見えたんですけど、なんですか柳沢さんとか言う、田舎の方のようですけど――
浜子 横田のお客さんだったら、今おりませんからと、そう言いなさい。
鈴 いえ、あの、黒田さんにとおっしゃいまして――
石川 え、黒田?(立ってガラリと障子を開けて出てくる)黒田に会いたいと言うのは変だねえ? 用事は、それで?
鈴 いえ、まだそれは伺いませんけれど――
石川 よし、私が行って見よう。(ドシドシと歩んで玄関の方へ。女中もそれに従って行く。マイクも)……やあ、いらっしゃい。
金吾 ああ、これは――
石川 柳沢さんと言うんですか? 黒田という人に会いたいそうだが、ここは石川で、何かのまちがいじゃないかね?
[#ここから3字下げ]
(浜子も玄関に出て来る足音)
[#ここで字下げ終わり]
金吾 でも番地がこちらさまなもんでやして。わしは信州の南佐久から上京して参りやした――
石川 ああ、野辺山の黒田さんの別荘の管理をやっている――? 以前、私も社長について行ったことがある。それがしかし、急にどうしてここに――?
浜子 どうしたの、この人?
金吾 春子さまから手紙が参りやして。所がこちらになっていやすんで。
浜子 おっほほほ!(だしぬけに哄笑する)ははは! なんてえ事なの! そりやあんた、婆やの春のことじゃないの。はは! 春子さまか、笑わせるよホントに、どうしたのあんた!
金吾 はい、いえ、私あその方にお目にかかりたいと思いやして――
浜子 (笑い声を不意に引っこめて、どなりつける)冗談じゃないよ! 飯たき女中などに逢いに来るのに、えらそうに玄関から来る人があるかね! 人を馬鹿にして。台所口の方へ、おまわり、失礼な! 大体あの春やはこないだ出て行ってもらったからね。もうここの内にも居やあしませんよ。さあさあ引きとって下さい。いくら田舎者の物知らずと言っても程があるよ。鈴や、玄関はちゃんとしめて、波の花でもまいといて!
[#ここから3字下げ]
たち切るようにギー、ドシンとドアがしまる音。それを背にションボリと門を出て行く金吾の足音。遠くで市内電車の響。
[#ここで字下げ終わり]
鈴 ……(カタカタと下駄の音を小走りに追いかけて来て)あの、ちょっと!
金吾 あ、さきほどは失礼いたしやして。
鈴 すみませんでした。黒田さんなどとおっしゃるもんですから気が附かないで。春やさんなら、四五日前に、もとの御主人とかで妙な方が訪ねて見えましてね、それが奥様の気にさわって直ぐに出て行けとおっしゃって、春やさん出て行ったんです。ちょっとお知らせしようと思って。
金吾 そりゃどうも御親切さまに[#「御親切さまに」は底本では「御親さまに」]。で、春子さまはどちらへおいでになったんでやしょうか?
鈴 さあ、私よくは知らないけど、いつか春やさん言っていたわ、烏森の小倉という置屋さんに娘がいるとかって、なんだったら、一度そこへ行って聞いてごらんなさいな。
金吾 娘というと敏子さまでございやしょうか?
鈴 敏子? さあ、それはよく知りませんけど。
金吾 烏森の小倉――そいで置屋と言いやすと、どういう?
鈴 (軽く笑って)新橋のね、芸者屋町で、小倉というのは芸者屋さんのことです。いえ私もハッキリ知らないけど、新橋へんで聞けばわかるんじゃないかしら。古くからの芸者屋さんだと言っていたから――
[#ここから3字下げ]
芸者屋町の昼さがりに、稽古三味線が鳴っている。宴会その他での調子ではなく、もっときびしい感じの(長唄)連れびき。「よっ!」「はっ!」などの烈しい掛声。
[#ここで字下げ終わり]
おかみ (いい年配の、サラリとした物言いだが、シンにしっかりしたもののある。微笑をふくんで)烏森の小倉だなんて言われて、これで私んとこもこの土地じゃ古い内ですからねえ、こんな事でいいかげんな話の附けようをするわけにゃ行かないんでして、そこの所は、黒田さん、ごかんべんなすって下さいまし。
敏行 (おそろしくふ
前へ
次へ
全31ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング