トら。さあ金太、うまいぞ、あんしろ、ああんしろ。
金太 ウマウマ……(口にもっていかれた盃からピチャピチャいわして酒を飲む)
壮六 わあ、ええ呑みっぷりだあ! さすがだ、はは、はっは!
喜助 よしよし、ははは!
壮六 とんかく立派な家が建った。なあお豊さん、喜助なんつうものは、バクチの腕にかけちゃ、南佐久一番の下手ッかすだが、大工の腕となると長野県第一だい。
(お豊、金吾、あっははは)
喜助 何を! バクチの腕が落ちたのは、もう十年の余もぶたねえからだ。もとはと言えば、海尻の喜助つうもんは、おめえ、丁とはりゃ丁、半とはりゃ半、
壮六 そいで、年がら年中とられてばかりいただから世話あねえ、なあ、お豊さん。
お豊 ホントによ、ははは。
喜助 何がホントによ、だ。俺がバクチを打たなくなったのも、おめえだち女房子が可愛いいからのこんだぞ、あははなんてバチが当るぞ。
壮六 知らねいと思って威張ってやがら。お豊さんてえおかみさんの大きなお尻にとって敷かれの、バクチ場なんぞに出入りしてると、夜になるとお豊さんにツネられるから、それがおっかなくてバクチよしたんだ、てへへ。
喜助 なんてえまあ、この壮六という野郎は、年中口に毒のある野郎だ。そもそも、この俺とお豊の仲なんつうもんは――
壮六 はっは、おもて向きは亭主関白の位で、うら向きは女房関白の位だらず。どうだいお豊さん。だらず?
お豊 はは、馬鹿なことを言うもんでねえよ。
壮六 あっはは、なあ喜助、だからそのおもて向きでいくべ。さあ一つしめるから音頭をとってくれ、よ!
喜助 ちしょうめ! ようし、じゃ、ま。(莚の上に坐り直して大声をはり上げる)
信濃の国は南佐久の百姓、柳沢金吾、同じく長野県農事指導員川合壮六、海尻は大工喜助の女房お豊、次に柳沢金吾の後とり息子金太郎! 大工頭梁喜助がお手を拝借しやす! ようおっ!(すごい掛声とともに喜助の拍手に、他の三人が和して、明るい強い手拍子でシャン、シャン、シャンシャシャン、シャンと手をしめる)はい、おめでとう!
壮六 はい、おめでとう! さあ喜助頭梁、一ぱいいこう。お豊さんも飲みない、金吾も飲め。(と、次々と酌をしながら)冗談はヌキにして、今日は俺あホントに嬉しいぞ、頭梁、俺あ嬉しいぞ!
金吾 いや、こりゃ……(つがれた酒を飲みほして)こんだ俺に酌をさせてくれろ、喜助さん、それからお豊さん、それから壮六よ、どうも俺あいつも口不調法で、礼一つ言わねえが、こんたびはありがとうがす。こんとおりだ。(ガサガサといわせて莚に頭をつける)
お豊 そんな、金吾さんよ、そんな――(言ってる間に、女心でせぐり上げてくる。涙声で)そんな他人行儀な。
喜助 あっはは、あんなこと言ってやがら。
壮六 いや、まったくだあ。喜助頭梁、このお豊なんていうおかかは、こりゃいい女だぞ。へへ、おめえには過ぎもんだぞ、こん畜生め!
喜助 あっはは、羨ましけりゃ呉れてやらあ、何がこの――
金太 ウマウマ、ウマウマ――
金吾 (涙声で)金太郎、ウマウマか。よし、このオトト食え。
壮六 ホントに呉れるか、頭梁。ホントに呉れるかよ、このおかみさん?
喜助 呉れてやらあ。そもそもこのお豊なんつう奴は、俺におっ惚れてな、どうしてもかかあにしてくれつうてきかねえから、俺が女房にしてやった女ごだ、なあお豊、だらず?
お豊 そうだよ、そうだよ、ははは。馬鹿だねえ。
喜助 そうれみろ。よし、そんじゃ俺が一つお祝いに踊りをおどってみせべえ。よっく見ろ、盆踊りなんずの古くさい踊りじゃねえや。この間、松本の寄り合いで習ってきたばっかりの、南洋の土人踊りだい。よく見てろ!
お豊 あらお前さん、着物みんなぬいで、どうしようというの?
喜助 土人だから素ッ裸だあな。体のいいとこを見せてやら。いいか、みんなで手を叩け。(いきなり刈田の上を素裸で踊り出したらしい。手拍子で胴間声でうたいながら)色は黒うても、南洋じゃ美人――
壮六・金吾 あはは、あはは。(歌の拍子に手を叩いて、はやす)
お豊 あらまあ! はっは!
金太 ブ、ブ、ブ、バア――

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この時、離れた林の小道をこの場へ出抜けた所から「うまい、うまい、うまい!」という男の声が聞えて来て、パチパチパチパチと拍手。
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お豊 (そちらを見て)ああ郵便屋の辰造さんがやって来たよ。
壮六 よう辰公、よくやって来ただなあ。
辰造 (菅笠をかぶって、わらじをはいて、大きな郵便物の袋を肩に下げた、中年過ぎの郵便屋。手を叩きながら近づいて来て)こんにちは。どうしただよ、まあ! ああ、喜助頭梁? 俺あ、何かヘンな歌が聞えると思って、林を抜けてそこまで来ると、素ッ裸で踊ってる奴がいるだねえか。てっきりこいつあ、アミダが岳から飛び出してきた天狗が、天狗の舞いをやらかしてると思ってな、ちゃあ、たまげたい!
壮六 あはは、今日はな、喜助頭梁が金吾の家を建ててくれてな、それが建ち上っただからそのお祝いにこうやってみんなで一杯飲んでるんだ。
辰造 そうかよ、なある程、こいつあ見事に出来上っただなあ、ふうん。屋根の工合と、門口の取りつきのかっこうなんず、こりゃ何とも言えねえや。
喜助 え? 辰公、お前にそれがわかるかい?
辰造 へへへ、わからなくって。おらあこんでも、ここら中の三四箇村は降っても照っても歩いてんだぞ。そうさなあ、南佐久中で、こんだけ工合のいい門口の百姓は家五軒とはねえずら。
喜助 こん畜生! こいつはわかるだな。ちゃっ、やい!(辰造にかじりつく)
辰造 わあーっ、素ッ裸でかじりつくたあ、何てえこったあ。これが女ごならええけんど、喜助頭梁じゃゾッとすらあ。
喜助 色は黒いが、南洋じゃ美人だぞ、こんでも。よし、お前、俺の仕事がわかるんだから、一杯飲め、さ、さ。(と茶碗を渡す)お豊、酌をしろ。
辰造 ヘヘ、そいつはありがたいが、今俺は職務執行中につき酒はいただきやせん。
喜助 職務執行中につきたあ、何だい?
壮六 あはは、郵便屋さんが、郵便を配達してるつうこったい。
喜助 そんじゃ辰造、おめえ海の口のすぎやで、鞄下げたままちょくちょくかぶってるなあ、ありあなんだい?
辰造 ありゃ、チュウと言うてな、酒のうちにや入らねえよ。
喜助 チュウかよ、そんだら、こいつはトウだ。
辰造 トウ? トウたあ何だや?
喜助 トウたあ、般若湯のトウだ、お薬だい、ははは、さあ飲め。
辰造 お薬か。そんじゃ頂かざあなるめえ、オットット――(ついでもらって、ゴクゴクと一気に飲む)ふう――うめえトウだ。
金吾 ははは!(他の一同も笑う)

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その笑い声の内に、林の方から、こちらに向って近づいてくるラッパ鼓隊の七、八人の足音。ラッパ鼓隊とは言いながら、ラッパはなく先頭の三人が肩から吊した小太鼓を二本のバチでバババン、バババンと叩きならして、それに歩調を合して進んでくる。
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壮六 ――やあ、農民道場の衆たちがやって来た!(言ってるうちに生徒たちの足音が間近になる)
塾長 全たーい、止れっ!(足音がピタリと止り、太鼓の音やむ)ええ私どもはそこの農民道場の者たちですが、本日は、柳沢家の御新築が出来上っておめでとうございます。かねてわれわれは、農を以て国の基となすという信念にもとづいて、百姓の勉強している者でありますが、かねてこの土地第一の立派なお百姓である、ご当家の柳沢金吾さんに対して、敬意を抱いているものでございまして、本日こうやってまかりこして、その敬意の一端を現わすことの出来たのは、大変光栄であります。塾長山崎と申しますが、一同を代表して、一言……それではお祝いに、道場の歌をみんなでうたいます。はい、一、二、三!

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バババン、バババン、バババン、バンと小太鼓の前奏がちょっとあって、八人ばかりの青年が明るくうたい出す。二部合唱、農民道場の歌。(前出)
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壮六 どうもありがとう山崎さん。そいから生徒さん方も、どうもありがとうよ。
喜助 たはっ! みんなよく来た。農民道場かなんか知らんが、こいでみんな百姓の息子ずら。ひとつ頼むからここの金吾に負けねえ位にいい百姓になってくれよ。さあさ、一杯いこう!
生徒一 (茶碗を持たされて)しかし、わしら、まだ酒は飲めねえんで。
喜助 なあに、酒が飲めねえようじゃ、いい百姓になれねえぞ。塾長さんが居たって配慮するこたあねえ。さあ、飲め飲め。お豊、酌しろ。

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生徒たちが笑いさざめく声。
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壮六 (金吾に)金吾、お前も何とか一言挨拶しろい。
金吾 そうか……(立ち上って、何か言おうとするが、うまく言葉が出て来ない) ええと、どうも皆さんありがとうございやす。ええと……(金吾の言葉をきこうと一同がシーンとする)あのう、俺あ口不調法で、そんじゃ、お礼のしるしに、下手クソだけんど歌を一つうたいやすから、かんべんなして……

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一同が拍手。小太鼓がすり打ち。それがピタリとやんで、いきなり胴間声を張り上げる。下手な黒田節。下手ながら、喜びに溢れた器量一杯の節廻しで。

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「春の弥生の朝ぼらけ、よもの山々見渡せば、花ざかりかも白雲の、かからぬ峰こそなかりけれ、かからぬ峰こそなかりけれ……」

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ワァーッと一同喊声、太鼓のすり打ち。
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喜助 ひゃーっ、へんな歌知ってやがるな、なんてえ歌だ?
金吾 俺あ下手だあ。黒田節と言ってな、別荘の黒田先生から俺あ習ってな。
壮六 黒田先生の黒田節か、そうか。
辰造 黒田先生の黒田――ふうん、ええと、ほい、しまった。たしか黒田つう人からここの柳沢君に手紙が来てたぞ。それを届けに来ていながら、何つうこったよ。たは!(郵便袋をガチャガチャと開けて封書をとり出す)ほい! 柳沢金吾君、郵便だ。
喜助 ちゃーっ、職務職務、執行中だい。うまく思い出しやがった。
金吾 どうもそりゃ――(封書をうけ取って裏を返してみる)ああ!
お豊 金吾さん、春子さんから手紙な? どうしていやすかね、元気かね?
金吾 うん、俺あちょっくら……

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歩み出している。刈田を踏んで畔にのぼり、自宅の庭場を横切って、新築した家の裏にまわる。その足音。
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壮六 (マイクは金吾について行くので、壮六の声はオフになって)金吾う! 何処さ行くだい?
金吾 ……(ビリビリと封書の封を破いてレター・ペーパーを引き出し、パリパリと開いて読む。その間も向うの刈田での、人々のざわめきと、時々叩かれる小太鼓の音)……(向うで、喜助が何か言った声がして、「あはは、あはは」と一同が笑いさざめく声……)
壮六 (足音をさせて近づいて来る)どうした金吾?
金吾 おう壮六……
壮六 春子さまの方から、何かそう言って来たかよ?
金吾 うん……
壮六[#「壮六」は底本では「吾六」] どうしたつうんだ?
金吾 困った……これ読んでくれ。(レター・ペーパーを壮六に渡す音)今度は、逆に敏行さんの方からおどかされて、金をはたられてる模様だ。弱ったなあ、どうすればいいだか。それに、そこに敏子の身柄についても困ったことが出来ましてと書いてある。その事だがな、何でも敏子さまを芸者にするとか、お妾にするとかって横田って男がいろんなことを言うらしい。
壮六 ……うん、これだけの手紙じゃ、俺にあくわしいことはわからねえが、とにかく困っていなさるようだな、うん。
金吾 壮六、俺あこれからすぐ東京へ行ってみべえ。
壮六 えっ、そりゃしかし、お前が行ったとて、どうで問題は金のことだらず。
金吾 いや、金はちったああるしな。とにかく、すぐにちょっくら行ってくら。
壮六 だけんどなあ金吾、こんなこと言うなあなんだけんど、春子さんという人は、おめえにとっちゃ今となっては、まるで、魔物がとっ付いてるようなもんだぞ。もういい加減に夢さ
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