ェら、石のように立っている金吾)

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激しい音楽。
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敦子 (音楽がやむと、その尻にかぶせるようにして、叩きつけるような涙声で)だから金吾さん、ですから、どうしてあなたはその時、春子さんを力ずくででも引とめて下さらなかったのよ。どうしてそれを指をくわえて、あなた見ていたんですの。
金吾 (弱りきっている)敦子さま、そうおっしゃられても、俺にゃどうも。それにその後の春子さまの身の上のことを俺あよく知らなかったし、横田さんと言う人が、春子さまのどういう人に当るのか、見当がつかなかったし……
敦子 横田は、あれはゴロツキよ。セメント会社を小笠原と言う男と組んで、すっかり乗っとってね。敏行さんをふみつけにした挙句、ウロウロしている春子さんをつかまえて、さんざんこき使ったり、利用したりした挙句に、お妾さんみたいに扱っているのよ。そんなあなた、遠慮なんかしなけりゃならない相手じゃないのよ。
金吾 だけんど、だら、春子さまがどうしてああ言われて、その場から東京に一緒にお帰りになったんですかね。
敦子 春子さんという人はそういう人なの。人がいいというのか、馬鹿といっていいか、強い力で押されると、押されたとうりになるの。それは金吾さん、あなただってわかっているんじゃないの。ホントに、私はね、この二、三年、春子さんのことや敏ちゃんのことが心配になって、次から次とあの人の後を追かけ廻すようにしてきたのよ。ところが春子さんの方じゃ、逃げるの。そりゃね、私にあんまりこれ迄心配をかけてきたので、もうすまないからと言うんで逃げ廻ってる春子さんの気持は私わかるの。しかしそういう風にして逃げ廻っているために、なお一そう、私に心配をかけているということには気がつかないの。そういう馬鹿な人なのよ。そいで、この間ね、やっと横田たちの秩父のセメント山の事務所に、春子さんが住みこんでいると言う話を聞きつけたんで、私出かけて行ったの。そしたら、事務所と言うのは名ばかりで、まあ汚い飯場ね、そこの飯炊き――女中さんみたいなことをやらされていたらしい。ところが、私が行った時にはもう春子さん、そこには居ないで何処か行っちまったと言うの。そいで仕方がないから、東京の心当りをあちこち探した挙句、ヒョイと気がついて、もしかするとこちらへ春子さん来たんじゃないかと思ったんで、私あわててやって来たの。そしたら汽車で海の口でおりたら、ちょうど、駅の前であのお豊さんにばったり逢って、そいでこれこれでお豊さんが春子さんを助けてあげて、春子さんは今、金吾さんがお世話をして別荘だと言うじゃありませんの。やれやれと思ってね。そいで、いそいそしながらやって来てみたら、昨日横田が現われて、春子さんたちを東京へ連れて行ってしまった後。あなたはそうやっていろり[#「いろり」に傍点]の傍でぼんやり坐っているじゃありませんの。何ということなの。これじゃお豊さんだって、きっと腹を立てる、いえ、私の言うのはね、私が折角はるばるやって来たのが、ムダになったからじゃないの、それから、春子さんがまたまた東京でひどい目にあうからというだけのためじゃないの。私が、ホントに腹が立つのは、あなたのことよ。何故あなたはそうなの。そういう風になってたよって来た春子さんが、とにかくその気でここに来ているんですから、何故金吾さん、あなたはそれをここに引とめておかないんですか。あなたはそれだけ春子さんのことを考えている人でしょ、それなら春子さんに対して何かの権利がある。それにあなたは男でしょ。そいで春子さんは結婚したり、それからその後いろんな男の人と何やかやあって、そいでみんな失敗した人なのよ。それが乞食同様になってあなたをたよってきた。そしてここに住みつきたいと言ったそうじゃありませんか。よしんば、それをあなたが、あなたのおかみさんにしてしまったって、喜こぶ人こそあれ、どこからも何も言う人はない筈じゃありませんの。それをあなたはなぜ、横田なんぞに連れて行かせてしまったの。あなたは全体、なんですか?
金吾 敦子さま、もう何にも言わねえで! 俺あつらいです、俺あつらいです。
敦子 何がつらいの? お豊さんも私と同じようなことをそう言って、やれやれ、これで金吾さんのためにもいいことがおきるずらと喜んでいたのよ。あなたは一体男じゃないの?
金吾 ……(怒り泣きに泣いている)
敦子 それにね、春子さんという人は――私はあの人のことはもう切っても切れない大好きなんだけど、あの人はバカで、ホントに平凡なつまらない人なのよ。百人女が居れば、八十九番目位の、ホントに平凡な人なのよ。それをあなたは金吾さん、ムヤミとあの人のことを思ってるもんだから、とんでもなく立派な、自分なぞには及びもつかない女の人みたいに思っているんだ。そいで自分で近よれないでいるんだ。あなたの春子さんはあなたの胸の中にしかいないのよ。ホントの生きている、あの春子さんは、どんな男の人でも言いよれば、誰にでも子供らしく簡単になびいて行く、たよりない、弱い、何処にでもいる女よ。なぜあなたは、それ程思っている人が、ここへその気で来たのに、ここにいつ迄も居さして、そいであなたのおかみさんにしてやらなかったの。女からはそんなことは言いだせやしません。しかし春子さんはその気で来たんだと思う。あなたはバカだ。そいで御自分がこうやって不幸になって、そして春子さんまで不幸にしているんだ。金吾さんあなたはバカだ。私はくやしいの。
金吾 ……ウー(唸るように泣き出し、火じろのわきの畳に打伏し、それにかじりついて泣く)こらえてくだせえ、敦子さま、俺あ、バカだ、春子さまもこらへてくだせえ、うー、あああ、うー、うー

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戸外を晩秋の風が、ビューッと鳴って過ぎる。

音楽
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[#3字下げ]第11[#「11」は縦中横]回[#「第11回」は中見出し]


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 壮六
 喜助
 お豊
 金吾
 金太郎(幼児)
 辰造
 山崎(塾長)
 生徒一
 その他生徒達六七人

音楽
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壮六 (老年になってからの、語り)わしは後になって金吾から聞きやしたが、神山の敦子さまがその時、こうおっしゃったそうです。「金吾さん、あなたは春子さんのことをそれだけ命にかけて思っている人です。それならば、春子さんに対して男としての権利があるわけじゃありませんか。そこへ乞食のようになった春子さんが、ここであなたと一緒に暮す気でやって来たのに、それを、またまた東京の横田なぞにちょろりと連れて行かしてしまう。それというのが、あなたが春子さんをあんまり立派な女の人だと思ってあがめ奉っているからじゃありませんか。しかし、ホントの春子さんは、ごく普通の、何処にでもいる弱い女ですよ。あなたはどうして春子さんをここに引きとめてあなたのおかみさんにしてくれなかったんですか!」そう言って、泣き狂いに畳を叩いて金吾を叱ったそうです。物事にはどうも潮時というものがあるようですねえ。その、そん時に金吾と春子さまの仲に潮がさして来ていただなあ、それを金吾が潮に乗りはぐった。そうとしきゃ思えねえ。いえ、そん時も敦子さまに襟首をつかまれるようにして、金吾は春子さまの後を追っかけて東京へ行ったんでやす。しかしその時にはもう、春子さまが何処に連れて行かれただか、いくら探しても見つからなかった。金吾はがっかりして、痩せ衰えて東京から戻ってきた……いや、その後も、三年に一度、また二年に一度といったふうに、春子さまは落窪の方へヒョックリ現われちゃ、また東京へ舞い戻る、ということを繰り返してござらしたが、その間、あの方も東京で、いろんな目に会っていたようで、時によると、ホントの乞食のように落ちぶれて、病気になったりしてやって来たり、かと思うと、とんだ成金の奥さんみてえに着飾って、ニコニコしてやって見えたり、また時によると、妙な三百代言みてえなご亭主とも旦那ともつかねえ男と一緒にやって来たり。つい、向うの境涯の潮先と金吾の方の潮先とが出会うということがねえだなあ。そうしちゃ春子さまはまた東京へ戻って、何やら勝手な暮しをなすってるようだし、そうやって十年の余も過ぎてしまって、世の中は大正から昭和に入りやしてね。すると、金吾の方でも、もう四十をとうに過ぎて、春子さまのことを考えても、カッとなることも、ダンダンとなくなる。それだけに、気持の底には深く深くあの人のことを思いながら、まあ嵐が過ぎて、海が凪いだような状態といいやしょうか、それはそれでわりに落ちついた十何年でやした。いやあ、金吾にとっちゃ、そうは言っても、雨が降っても風が吹いても思うのは春子さまのことで、年中、辛いことだったでやしょうが、しかし金吾という男は、胸の中がどんなに苦しくても、そのために身をもち崩したりするような奴じゃなかった。いや、胸の中が苦しけりゃ苦しい程、百姓仕事に打ち込んで働らくことで、その苦しさをこらえようとしていたとも言えやす。だもんだから、金吾の家の農事はグングンとうまくいきやしてね、田地も山林が二町歩、畑や田圃を合せて二町歩の上にもなりやして、ことに高原地の水田にかけちゃ、ここらきってのいい百姓になりやして、県や郡から賞状をもらったり、しまいには国から勲章も二つばかりもらいやした。それやこれや、金吾の家にも嬉しいことの一つや二つはその間もありやしてね……これはその一つで、現在の金吾のあの家が建ちあがった年のことを、俺あはっきり覚えていやす。あれはなんでも昭和に入ってしばらくした出来秋のことだ。そうだ、海尻の喜助とお豊さんのことは御存じでやすね。喜助はその後、大工の頭梁で堅気で稼いできた、面白い気性の男でやして、あそこのお豊さんが、もと若い頃、金吾の嫁になりたがっていたことがあってね、それがつい、金吾が春子さんのことがあって嫁をとる気がねえもんだから、まあ諦めて喜助ん家へかたづいたんだが、その後あの夫婦と金吾も、わしも仲よくやって来やした。そんな関係で、金吾がまあ自分はこうやってせっせと百姓やって、田地も五六町出来た、しかし女房をもたねえから後をゆずる子供がねえ、その後とりに、お豊さんの生んだ息子を養子に呉れと言いだしてね、お豊さんと喜助も喜んでね、それで男の子の一人を養子にやるという話になって、それが今の、あの金太郎君でやすよ。すると喜助がね、俺の息子が金吾の家の後とりになるだから、その引出物に金吾の家があんまりひでえから、ちゃんとした家に建て直してやるべえと言い出しましてね。どんどん事を運んで立派な家を建てちまった。その家が建て上って、炉《ろ》びらきの日に、俺と喜助夫婦とそれから金太郎と金吾、そこへ喜助ん家の子たちが他に二人ばかりよばれて行ってね、ちょうど天気もいいし、刈り上げたばっかりの角《かど》の田圃のド真ン中に莚を敷いてね。そこにみんなすわりこんで御馳走を食ったり、酒をくみかわして、きれいに出来上った家を眺めようつうだ。よく晴れ上った秋の日の昼さがりで、こういう時の酒はうめえもんでね、すぐに酔いが発しやすよ、はは。
壮六 (その話の中の、つまり四十四、五の壮六になって、酔って明るく笑う)はっははは、はっははは。何しろ、いい気持だ。おい頭梁、喜助頭梁、お祝に一つ手をしめべえ。お前ひとつ音頭をとってくれ。
喜助 (これも酔っている)ようし! そんじゃ、やるかな。ホントから言やあ、金太が音頭をとるんだがな、なあ金太。
金太 (幼児)ウマ、ウマ。ブウブウ。ウマ、ウマ。(お豊、金吾、壮六、この三人が声を合せて笑う。はっははっは!」[#「はっははっは!」」はママ]
金吾 金太も飲むか?
お豊 金吾さん、この子に酒なんず飲ましたら大変だわ。
金吾 なあに、今日だけはええずら、いくらちっちゃくとも親父の息子だ、なあ喜助。
喜助 おうとも、今日はこやつが正客だい、飲め飲め――
お豊 だってお前さん――
金太 プウ、ウマウマ、ウマウマ。
金吾 そうら、当人が飲むんだと言っ
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