ヒ、こうやって女ごしと小さい子が行倒れていてね。病気らしい。
村人三 ほうかい! ふうーん。
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音楽(寂しい田園のテーマ)
幼児がまわらぬ舌で、「ウマウマ、ウマウマ!」という声。
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喜助 (上りばなに腰をかけて煙管でシキイを叩きながら)喜一よ、おっ母あはまだもどらねえか? ちょっと見て来う。
喜一(少年) あい。……(コトコトと土間を歩いて表へ。その背中で幼児が「ウマウマ、ウマウマ」)
喜助 まだ晩飯の仕度もしてねえに、用たしに出すといつもこれだクソ! お仙はどけえ行った? お仙よ?
お仙 (幼い少女、裏口のへんから)あい。俺あ飯たいてんだよ。
喜助 そうか。どれ、俺が見てやらず。(立ちあがる)
喜一 (表で)ああおっ母あが帰って来た、帰って来た!(呼びかける)どうしただよ。おっ母あ?(それに向ってゴロゴロガタンと手車の音が近づいてくる)
お豊 市造さん、どうもありがとうよ。喜一よ。お父つあんはまだ帰らねえか?
喜助 (表へ出て行きながら)お豊、おせえなあ! あん、どうしたつうんだ? なんだ、そりゃ?
お豊 あのなお前さん、権現さんの前んとこでこのし[#「し」に傍点]が行き倒れててね。見るに見かねたから、ちょうど市造さんが通りかかったで、頼んで連れて来た。こんな小さな子まで連れててね。
市造 喜助さんの小父さん。お晩でやす。
喜助 市造君かよ。ふむ、女だな、乞食かよ?
お豊 乞食だあねえようだが、なんでもえらく弱っている様子でね。これ、あんたさん!
喜助 そうか。どうも、しょうねえなあ!(とブツクサ言いながら、しかし手の方は車の上から女をかかえるようにして助けおろし、家の中へ)
お豊 市造さん、すまなかったなあ!
市造 それじゃ俺あこれで、(ゴトゴトガタンと車を引いて立去って行く)
喜助 それ、お前、しっかりするんだぞ!(と女をかかえて上り口をあがって)お豊、とんかく奥へ蒲団[#「蒲団」は底本では「薄団」]しけい!
お豊 あいあい。喜一、この子をちょっと見てるだ。お仙はどけえ行った?(言いながら手早くフトンをしく気配)
喜一 お仙はメシたいてら。
お豊 ほうか、そらえらいわ。(喜助に)お前さん、はい!
喜助 ようし、やれどっこいしょ! なんだか馬鹿にふるえてるなあ?
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女が低く唸る。
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お豊 なんか病気だあねえかと思うが――お医者に見せねえでいいかな?(女にフトンをきせる)
喜助 そうよなあ。
お豊 ああそうそう、左官屋は明日はきっとこっちに廻ってくれると、
喜助 そうか、そらよかった、……そうさな、俺あ、じゃ、古池先生呼んで来べえ。何がどうしただか、万事はそれからの事だ。(立つ)
お豊 そいじゃ、そうしてくんな。
喜助 (土間におりながら)とんかく、しかし晩めしの仕度早くしろい。みんな腹あ空かして、うるさく言ってら。(足音が表へ出て行く)
お豊 坊主よこしな。(長男の背から幼児を抱き取る「[#「「」は底本では「(」]ウマウマ!」それをあやしながら、立って)お仙よ、どうしただ? どれどれ。
喜一、その子を見ててやるだよ。
喜一 うん。
少女 (弱い声で)お母あちゃま! お母ちゃま!
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短い音楽(朝の小鳥の声などが混って)
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お豊 (金吾に向って)……そんなわけでね金吾さん古池先生が間もなく来てくれてね、しんさつしてくれたっけがこれは、格別どこも病気だあ無え、ただえらく疲れて、総体にからだが弱りきっている、当分こりゃユックリ休ませねえとホントの病気になるそうな。そいで、私あオモユなんど呑ませたりして、そいで今朝になって、やっと少し口いきくようになって、オチクボに行くんだオチクボに行くんだと言っているようだから、いろいろ聞いていると、金吾さん、お前の名をおっしゃるでねえか、私あ、びっくりしてねえ! まさか黒田の春子さんがこんなナリをして今頃こんな所で行き倒れているなどと誰が思うかな。しかも、それをこの私が助けて来るなんて、まあ! 因ねんと言うかなあ、どうにも、たまげちゃってなあ!
金吾 まったくだあ。どうもホントに――
お豊 そいで早速、郵便屋の辰さんに頼んであんたの方に知らせてやったが、その後でさ、喜助はあの気性だろ、金吾がせっかく落ちついてナニしている所へ又々春子さま、やって来てイタぶりにかかる! てめえが良い目を見てる時あ振り返りもしないでいて、落ち目になると、よっかかりにうせると言ってね。なんでもええから直ぐに出て行ってもらえ、叩き出しちまえと、いきり立つ始末でね。はは、いえさ、私にしたって、昔の事を思い出すと、あんな事で春子さんをシンからうらんだ事があるからのし、初めて会っても、あんまり虫が良すぎるという気がして、正直、憎らしかったわな。やっぱし、私あ、これまで焼餅やいていたんだね、だけんど、ああして乞食みてえになって、弱り込んで、泣いてお礼を言っている人を見ると、まるでへえ、あどけないと言うかなあ、なんか、子供みてえに良い人だもん、憎らしがってなぞおれはせん。みんな、春子さんのせいじゃ無え。運が悪い。そのせいだって気がしてなあ。……(鼻をクスンと鳴らして)わしまで泣いちゃった、うん。
金吾 すまねえ、お豊さん! どうも、こんなにお前に心配かけて、俺あ何と言っていいだか――この通りだ。
お豊 あれ、なあによ、ふふ、そういうつもりだあ無えよ。とんかく、オチクボに連れてって、よくめんどう見てやってくんなんし。
金吾 別荘の方へ連れて行くべえ。こうして、そこの芳平さんとこでゴム輪のリヤカア貸してくれたしな。フトンは、こっちのお借りして行くか。喜助さんにゃ、よろしく言ってな。
お豊 近えうちに、こっちからも行きやす。途中気をつけてな。子供さんは、どうしやす?
金吾 俺がおぶって行っちまうべ。じゃ、ま、いろいろと――
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音楽(第一回に出た千曲川のテーマと同じものを使用)[#「使用)」は底本では「使用」]
千曲川添いの街道を、幼少女を背に負い、春子をのせたリヤカアを引いて歩いて行く金吾のじかたびの足音。時々、川波の音。……
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春子 (リヤカアの上に横になってウツラウツラと眠っていたのが低く唸る)ああ、ああ……
金吾 (立ちどまって)どうしやした、春子さま!
春子 敏ちゃん! 敏ちゃん!
金吾 敏子さまは、こうしてわしがおぶって、よく眠っていやすから。
春子 ……(金吾の言葉が聞こえたのか聞えないのか、又ウツラウツラ……それを見て金吾歩きだす)
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間……(信州のテーマ)
前方からこちらへ向ってカパカパカパと馬のひずめの音がして、村人四(男)が近づいてくる。
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村人四 (中老)やあ、金吾さんだねえかよ。
金吾 ああ藤作の小父さんでやすか。いいあんべえで。
村人四 どうしただい? 病人かなし?
金吾 いえ、その……(言っている内に、双方立ちどまっての話では無いので、リヤカアの音と馬のひずめの音とはすれちがって忽ち引き離されて行く)ごめんなして。……(しばらくして、今すれ違った馬が歩きながらヒヒーン、ヒヒーンといななく)
春子 (その声にビクッと眼がさめて)お、お父さま! 助けてお父さま、助けてちょうだい! お父さま!
金吾 春子さま、どうしやした? 春子さま!
春子 ああ金吾さん。どうしたんですの? ここ、どこ?
金吾 金吾でやすよ。信州でやすよ。海の口だ。これから別荘へお連れしやすから、どうか安心して、
春子 ああ、(と安堵のといきをついて)あの、お豊さんという方は――?
金吾 お豊さんがあんたさまを助けてくれて、そいで俺の方に知らせてくれたんで、こうして俺あ迎えに来たんでやす。
春子 そう、ホントに……今、なんか仔馬が鳴かなかった?(あたりを見まわす)
金吾 へえ、鳴きやした。
春子 私……なんか、お父さんと一緒に、あの馬車で行ってたの。夢を見ていたのね。ふう。……(とといきをついて周囲を見まわす)
金吾 そうでやすか。(言いながらリヤカアを引いて歩む)
春子 ……ホントに金吾さん、すみません。こんな御心配かけて。……私、東京では、もう、どうしようもなかったの。敦子さんにはあんまり度々御心配をかけたし、悪くってもう行けなかったの……そいで、あなたの事を思い出したの。そいで、フラフラとこちらにやって来たの。かんにんしてね。
金吾 いいんでやす。いいんでやす。そんなに口きいちゃ疲れるから――
春子 いえ、もういいのよ。……山も川もこの道も昔のまま――ね。……お父さまと、一番最初、馬車で行って、二度目も三度目も、それから……そこを又、あなたに引かれて、こんなリヤカアに乗って通る。金吾さん……私って、しようの無い、えてかってな女ね。
金吾 そんな、春子さま、そんなこと――
春子 ……罰が当ったのよ。罰が当った。――
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この時、遠くから風にのって流れて来る秋祭りのハヤシの笛と太鼓の浮き立つような音。
[#ここで字下げ終わり]
春子 あら、なにかしら――?
金吾 この奥の村でそろそろ祭りだから、ハヤシの稽古だ。(歩みつづける)
春子 ……ああ!(と魂の底から出てくるような嘆声)いい音! ……(ハヤシが高調にかかる)……お父さん! (しみじみと泣き出している)お父さん! 春子を許して、お父さん!
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リヤカアのきしり。金吾の足音、祭りばやし。
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[#3字下げ]第10[#「10」は縦中横]回[#「第10回」は中見出し]
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春子
金吾
敏子(幼女)
横田
石川
敦子
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して3字下げ]
E 静まりかへった高原の夜の、山小屋の暖炉にパチパチと薪木がもえる音。ボウ、ボウとふくろうの声。
E その静けさの底から、はじめは、それと聞きわけられぬほど微かに、次第にハッキりと浮き立って流れてくる祭りのハヤシの音。(これは後まで断続して聞えてくる)……
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春子 ……(溜息をつくように)良いわねえ金吾さん! これが人間がならしている笛や太鼓かしら? ……軽い、一人々々|翼《はね》を生やした小さな人たちが、山奥に集ってならしているんじゃないのかしら?
この間から毎日ウトウトしながらそう思って聞いているの。……薄衣を着た仙女たちがマジメくさった顔をして笛を吹いたり太鼓をたたいたりしているの。私もそのお仲間にならして貰って、笛でも吹いていたい。もう人間はたくさん。くたびれちまったの。
金吾 ……あんまり話をするのはよして、もうやすんだ方がよくはねえかな。
春子 ううん、こうしてあなたとこんなことを話していると、とてもいい気持。明日から起き出して、私もこのまわりの畑仕事でもしようと思うの。
金吾 やあ、それは、春子さまにゃ駄目でやしょう。
春子 どうして? だって私は寝ながらそう考えていたのよ。もう東京へなんぞ帰らないで、ここで私金吾さんにお百姓の仕事ならって、暮そうって――駄目?
金吾 いやあ、駄目と言うわけじゃねえけんど――いえここでお暮しになるなあいいが、百姓仕事は俺がやってあげるから。
春子 ……そう、私はなんにもやれない人間だわ。東京に居れば居るで、みんなのじゃまになるし、ここにやって来ると金吾さんの厄介もので、あなたに守って貰わなければ何一つ出来ない。(涙声)そこで、山奥へ行って仙女になりたいなぞと考えているのだから。
金吾 困りやす、そんなまた、泣いたりなすっちゃあ、そういうつもりで俺あ言ったんじゃねえんで。俺がちゃアんと何でもしやすから、春子さまは安心していりゃええ。それで俺あ、――わしあそれで、喜んでそうしたいんじゃから、それがわしのつとめじゃから。
春子 ありがとう、金吾さん。
金吾 はは。(相手の気を変えさせ
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