セってくれるお前の気持はありがたいと思うが、喜助さん、俺あ、どうしても諦らめるわけにゃ行かねえのだ。
喜助 駄目か?
金吾 馬鹿だと、俺のこと笑ってくれろ。
喜助 ……ようし! よしっ! お豊、金え出せ。内にある金、一文残らず、洗いざらいすっかり出せ!
お豊 だって、内にゃ百円とちょっとしか無えよ。まだ三千円から足りないと言うのに、百や二百じゃお前さん――
喜助 グズグズ言わずに、出せいっ……
お豊 (帯の間から財布を出して)だけんどさ、どうしようと言うの、これんばっち――
喜助 (それを引ったくって)俺に五六十はあらあ。途中で百円ばかり借りて行くと。じゃな、俺あチョックラ出かけて来るからな、どうで夜になるだろうが、首尾が良ければ明日の朝までにゃ落窪へ行くからな。朝になっても俺が行かなかったら駄目だったと思って、あきらめてくれ。ちっ、何をクソ、畜生め!
お豊 どこへ行くんだよ、お前さん?
喜助 馬流の地蔵堂だ。今日はたしか出来てる筈だ。
畜生め、今日と言う今日は、場のもなあキレーにかっちゃげて来て見せるからな。
お豊 するとお前、あれに行くんだな。
喜助 そうよ。お前と世帯を持って以来フッツリと断って来たが、今日だけは見のがしてくれ。うぬがためにブツん、じゃ無えんだ。金吾がこうして青くなってるのを見すごしておけるもんけえ。
千と二千とまとまった金だ。これ以外に拵える手は無えんだ。
お豊 だって警察があぶないよ!
喜助 なあに後になってつかまったって、そいつは覚悟だ。けっ! 行って来らあ。金吾、内に帰って当にしねえで待っていてくんな!(そのまま、トットッと小走りに立去って行く)
金吾 そんな、喜助さん! おーい、喜助さあん! 困ったなあ、お豊さん!
お豊 ふっふ!(これは、もう諦らめて笑っている)いいんですよ金吾さん。こうと思ったら、人がとめたってとまる人じゃありませんさ。
金吾 すまねえなあ、あんたらにまで、こんな心配かけて。だけんど、喜助さんつう人は、良い人だなあ!
お豊 ふ! 良いんだか悪いんだか、ああいう人だ。
金吾 すまんなあ。実あ川合の壮六が居てくれりゃ、多少は相談にも乗ってくれていようが、ちょうど半月前から試験場の用事で青森の方へ出張してて――とんだ、どうも、あんたらに苦労をかけやす。
お豊 なあに、そんな事あ、相みたがいだ。だけんど考えて見りゃ不思議な縁でやすねえ。私のことで壮六さんとあんたが喜助と喧嘩してさ、その後、私がこうして喜助んとこにかたづいて、もう、こうして子供を二人も抱いてらあ。そいで、あんたはいまだにそうやって黒田の春子さんのために苦労して――
金吾 いや、今度の土地の事は春子さまなんかよりゃ、死んだ黒田先生のこの――
お豊 嘘うつきな金吾さん。わしにはチャーンとわかりやす。春子さんだわ。いえいえ、そいつを、からかおうと言うんじゃねえ。だけんどさ、お前と言う人も、なんてまあと思ってよ。
金吾 お豊さん……すまねえ。……俺あ、阿呆だあ。
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夜の林の方から、フクロウが鳴いて、ションボリ帰る金吾の足の下でプチプチと枯小枝の音。
ザーッと風。
[#ここで字下げ終わり]
男二 (信濃追分節の一節を低音に「浅間山さん、なぜ身をこがす」と歌いつつ近づいて来て)あい、お晩で。
金吾 (沈んだ声)お晩で。(二人すれちがって、男二は又歌で遠ざかり、金吾は自分の小屋の方へ、ガサガサ、ピシリと歩く。フクロウの声)
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やがて小屋につき、戸をガタコリ、ゴトリと開ける。
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敦子 (内から)ああ、金吾さん? やっと帰って来たのね?
金吾 ふえっ? どなたで――?
敦子 (立って土間をこちらへ来て)神山の敦子よ。お忘れになって? 敦子ですよ。
金吾 ああ、敦子さま! そ、そ、それが、どうして今ごろ――?
敦子 御挨拶は後でします。そいで、その春子さんの別荘と山林や畑は、もう売れてしまったんですの? いえ、私ね、春子さんからその話を聞いて驚ろいて、飛んで来たの。え、売れてしまったんですの? 私、こうしてここに五千円準備して来たんだけど、これで間に合うかしら? いえ、あれが売れてしまっては、春子さんも、あなたもお気の毒だと思ってね。
金吾 いえ、あの、まだ――その、あがりなして、敦子さま! 俺あ、へえ、あの、ありがとうござりやす。――(と、支離めつれつに言っている内に涙になって、フラフラッとして土間にドシンと尻餅をつく)
敦子 あら、どうなすったの金吾さん! しつかりしてね、どうしてそんな――
金吾 俺あ、俺あ、俺あ、――(と涙で何を言っているかわからなくなる)
音楽
[#3字下げ]第9回[#「第9回」は中見出し]
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豊子
春子
敏子(幼い少女)
喜一(少年)
お仙(少女)
幼児(ウマウマと言うだけ)
喜助
村人一(男)
村人二(女)
金吾
村人三(男、市造、青年)
村人四(男、中年)
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お豊 (語り。中年過ぎてからの)
はあ、私がお豊でやす。そうでやすねえ、あれは大正年間でやしたから、もうだいぶ昔のことで、細かいことはみんな忘れてしまいやしたけんど、黒田の春子さまが、その次ぎに落窪に見えた時のことはハッキリおぼえていやすよ。へえ、忘れようと思っても忘れられるものじゃ無えです。実あ私はそん時まで春子さんと言う方とまだ一度も会ったことはなかった。ただ話に聞いて憎らしがっていただけでやして。それが、そん時、はじめて、思いもかけねえヒョンな事で出くわしたんでやすから。……そうだ、初めから話さねえと、わからねえ。
そんでね、そういったわけで黒田さんの別荘やなぞが売りこかされようとしている所へ東京から敦子さまがお金を持ってかけつけて下さってね――いえ、内の喜助も金吾さんのために金を拵えてやるんだと言って変な場所へ飛び出して行ったんですけどね、アベコベにきれいに巻きあげられてしまって、丸裸かになって帰って来ましたっけよ。ハハ、私の亭主と言うものは、そったら人でね。でも心配なので次ぎの朝、金吾さんの家へ行って見ると、その敦子さまが見えていて、そのお金と金吾さんの金を合せて、さっそく先方の横田とかいう人にかけ合って買い取って春子さんに戻してやったのですと。
例の通りの金吾さんですわ。もっとも、あれから、たしか五六年、もっとになるかなあ、その間フッツリ春子さまは別荘にはおいでにならんかった。後から聞くと、春子さんの御主人の敏行さんと言うのが、なんたら株式会社のことで間違ったことをしていたのがバレちまって牢屋に入れられなしたそうで、それに就いては何でも悪い奴等が取りついて、いいようにしていたと言いますわ。そんなことで春子さんは、あちこちとサンザン苦労をなさって、そりゃひでえ目に会ったそうでやす。
しかしそんなことは後になって知ったことで、その当時は私なんず、そうやって一人で春子さんの別荘や山を守っている金吾さんがいじらしくて、春子さんが憎らしいだけでね。私は喜助の所に片附いて以来、もうその頃子供が三、四人いやしてね、喜助はあれ以来バクチの方はフッツリ断って大工の仕事に身を入れて稼いじゃくれましたがね、なんしろあの気性だし、子供は多いし、まあま食べるに困るという事もない代りに、金が溜るという事も無え。なんてえ事は無い、気楽な貧乏世帯で。はあ、そうでやす。柳沢の金太郎はわしの末っ子で、あれは、その後、金吾さんが、俺の所に養子にくれろと言いやしてね。俺あ一生女房もらわねえから子が出来る当てがねえ、んだから、お豊さんお前の生んだ子に俺の後を取らせてえと、そう言ってくれやして、はあ。そんで名前も俺に附けさせろつうので金吾の金を取って金太郎とつけてくれやした。もっとも、これはもっとズット後の話でやして……そんなわけで六、七年、春子さんはフッツリこちらへは見えなかったが、その間金吾さんは百姓仕事をコツコツやりながら黒田の別荘の世話をズーッとつづけていやしたから、腹ん中じゃ、しょっちゅう春子さんの事は考えちゃいたんでやしょうが、口に出しちゃ、春子さんのハルとも言わねえ。そったら人でやす。その間、春子さんの方は、薄情と言いやすか、ハガキ一本よこさねえような加減でやしてね……するうち、六、七年たって、そうだ、あれはもう小海線の汽車が海の口まで開通していやして、だいぶ便利になっていたっけが、私あちょうど用があって、海尻の内から、駅の向うの左官屋へ行っての帰り途でやした。もう秋口で、夕方おそくなったんで、もう寒うがす。急いで帰ろうと村はずれの権現さんの曲り角の所まで来ると、すこし薄暗くなった中に二、三人、人立ちがしていやす。
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すこし離れた所を千曲川が流れる水の音。
道を急ぐお豊の下駄の音。
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村人一(男) どうしたつうんかなあ? こんな所にいつまでも倒れていて、もう日が暮れるがなあ。
村人二(女) だって、どっか加減が悪いずら?(そこ倒れている人に向って)なあお前さま、どうしただ? よ? どっか悪いのかい?
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かすかに女の唸る声。お豊の下駄の音とまる。
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村人一 とにかく様子が、このへんの者じゃ無え。汽車でやって来ただなあ。
村人二 可哀そうにさ。こんな小さな子まで連れて――ねえよ、あんたさん! どうしただよ?(女の低く唸る声。……子供に)おめえ、どっから来ただい?
少女 (七、八才位の)あっち。
村人二 これ、おめえのおっかあかよ?
少女 うん。
村人一 ガタガタふるえていら。寒いのけ?
少女 ……寒いよう。
村人二 二人とも、よっぽど弱っているようだなあ。
お豊 どうしやしたかね?
村人二 (振向いて)……ここで行き倒れみてえになっていてね。なんにも口いきかねえから!
村人一 おんや、喜助さんとこのお豊さんだねえか?
お豊 ああ、油屋の旦那でやすか。一体どう言う――?
村人一 女の乞食だあ。
村人二 いえ、こりゃ乞食だあ無えわ、ナリはきたねえけんど。
村人一 まあ似たようなもんだ。どうも汽車がしけてから、こんな変な連中が入りこんで来て、土地の者あ、おいねえや。下手に同情したりすると、かかり合いになって、とんだ迷惑受けることがあるしな。馬流の方じゃ土方みてえな行倒れを助けてやったら、それがドロボウだったっちわあ、まあま、うてあわねえこった。お豊さんのお神さん、お先いごめんなさい。うっかり引っかかっていたら、日が暮れちゃったな、こりゃ!(言いながら立去って行く)
お豊 (村人二に)どうしたんでやすかねえ? 小さい子までいるのに――。
村人二 病気かなんかで、弱り切っているだなあ。こんなにふるえていら。
お豊 どうしたよ、あんたさんら? よ? どうしたよ。
村人二 駄目だ。さっきから、いくら聞いても返事をする力も無えふうでね、そんじゃ、おらあ村の駐在が居たら、そう言って置いてやら。……(下駄の音をさせて立去る)
お豊 ……困ったなあ。どうしたよ。あんたさんら? ええ? こんなところに寝ていると病気になりやすよ。この道は今ごろから、めったに人通りは無えだから。なあ?
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女が低く唸る。
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お豊 どっか、おなかでも痛えのかい? どうしただよ? ……弱ったなあ。どこさ行くだよ? どこもこりゃ弱った。(ザーと川波と風の音)……あんたあ、どこから来たよ? これはあんたのお母ちゃんかよ? うん? えらくふるえて――、寒いのかよ?
少女 (幼い弱い声で)お母ちゃま、お母ちゃま。
お豊 お母ちゃま。……困ったなあ、どうすりゃいいだか。(ザーと風の音)
少女 (泣くように)寒いよう。寒いよう。
お豊 弱ったなあ。(これも泣きそうになっている。風の音。その風の音の中から、カタカタと手車の音が近づいて来る)
村人三 (若い男)あれ、喜助大工の姉さんでねえかい。どうしやした?
お豊 ああ、森の市造さんだな。いえ
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