ト行くと、やっぱし足跡は、あの黒田の別荘の方へつづいている、そんで、別荘のわきまで行って、そっちを見ると、別荘の窓の外の降りつもった雪の上に、どうしただか金吾さん、うつぶせにスッポリぶっ倒れている。
寄って行くと、ウーウーとうなっていたっけ。さっき、あおりつけた酒の酔いが出て、そこへ馳け出したもんで苦しくなってぶっ倒れた様子だ。喜助さんが助け起して、肩を貸しながら戻るさんだんになったが、私がヒョイと見るつうと、金吾さんがうつぶしに倒れた所が人間の形にポカリと凹んでいる。それを斜めに月が照らしてるもんでまっ黒に見える。まるで金吾さんの魂が、うつ伏せになって泣いてるようだ。……それ見ていて、私あ、こりゃ駄目じゃと思った。私の負けじゃと思った。……こんだけ、その春子さんつう人を思いこんだ人の心が、私なんずがどう懸命になったとて、もう、どうならず? 私あ、もう手を引きやす。無念じゃが、手を引く。わかってもらえるかなあ壮六さん。私の気持? ホンマに思い込んだつうのは、ひでえもんだ。金吾さんの気持は、もうへえ、法返しが[#「法返しが」はママ]附かねえわ。私あ、そう思いやす。
[#ここから3字下げ]
音楽
[#ここで字下げ終わり]
[#3字下げ]第7回[#「第7回」は中見出し]
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金吾
壮六
春子
敏行
鶴
乗客一
〃二
〃三
出札(駅員男)
改札(駅員女)
若い女一
〃 二
音楽
田舎のごく小さな駅の待合所近くの物音。――すこし離れた所で汽関車を走らせている汽笛とエキゾーストの響。「オーイ!」と駅員の呼声、ガタンと転てつ器を落とす音。
[#ここで字下げ終わり]
乗客一(男) 東京までの切符一枚、
出札(男) 新宿までですね? ……(ガチャンと音をさせる)
乗客一 上りは、間もなく来ますね?
出札 ええ、もう直ぐだ。
乗客二 (若い女)松本行、一枚くだせえ。
出札 松本だね?(ガチャン)はい。
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(他にも二人ばかり居る乗客たちの靴や下駄の音がタタキに響く)
[#ここで字下げ終わり]
改札(男) (カチカチと鋏の[#「鋏の」は底本では「鉄の」]音をさせて)上りの方も下りの方も改札しやすから、入って下さい。(言いながら、ボツボツと改札口を通る四五人の乗客の切符に鋏を[#「鋏を」は底本では「鉄を」]入れる。それらの足音。全部すんで少し静かになる)
金吾 (待合所の入口の方から歩いて来て)あの、下りの列車は、こんだいつ頃になりやしょう。
改札 下りは上りが発車してから一分もしねえで到着ですよ。
金吾 そうでやすか。
改札 あんた、乗らねえのかい?
金吾 いや、俺あ人を待ってやすんで、はあ。……(と、そこを離れて、待合所を出て、砂利の上を歩いて、わきの柵の方へ行く)
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同時にゴーッと音をさせて上り列車(と言っても大正時代の小さな汽車)が入って来る音。汽車が停り、それに伴ういろいろの物音……
[#ここで字下げ終わり]
壮六 (汽車から飛び出して来て)ああ、いたいた! おい金吾う!
金吾 おゝ壮六! どうしただい、おのしあ?
壮六 おおかた、お前が此処さ来ていると思った。どうだ、まだ黒田様あ、おつきんならねえか?
金吾 うん、まだだ。お昼前から待っているが、どうしただか――
壮六 下りが直ぐに着く筈だから、それかもわからねえ。お前からハガキもらったんで、俺もいっしょに出迎えに来ようと思っていたが、試験場の用事でどうしてもニラザキまで、これから行かなくちゃならんでな。
金吾 そうかよ。
壮六 黒田様みえたら、俺からもよろしくと申し上げてくれろ。いずれ近いうちに一度行かあ。(発車の合図の汽笛)おっと! そんじゃ金吾、汽車あ出るから――(と汽車の方へ走りかけたのをチョッと立どまって)海尻のお豊ちゃんに、こねえだ会ったらな。こんだ笹屋よして嫁に行くんだと。その片づいて行く相手が誰だと思う? はは、例の喜助だあ!
金吾 え? 喜助んとこへ?
壮六 金吾さんとこへ、いくら押しかけても、ことわられたから、しかた無えから喜助へ行くつうんだ。
金吾 そ、そんな、そりゃ――
壮六 わっはは! でも、そう言いながら豊ちゃん、涙あこぼしてたっけよう。ええ女だなあ、ありゃおっとと! (あわをくって、既に、動き出している汽車を追って、飛び乗る)……あばよう!
金吾 うん! ……(ガタン、ゴロゴロと汽車が出て行く)
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汽車の音、遠ざかり、消える。あたり静か。
金吾それをチヨット見送っていてから、ゆっくり砂利を踏んで歩き出す。――駅前の茶店の店先あたりで、誰かが弾いている大正琴の「男三郎の歌」の曲が、ちぎれちぎれに近くなる。
そこへ下り列車の音が近づいて来る。
それを聞きつけて再び待合所の方へ早足にもどって行く金吾のザクザクという足音――列車駅に入って来て停る。その物音と人声。
四五人の乗客がプラットフォームに降り立って足音をさせながら改札口に来て切符を渡して待合所を通りぬけて出て行くザワメキ。
[#ここで字下げ終わり]
乗客三(男) これ、乗越したんですがね、いくら払えばいいかね?
改札 精算は向うの窓へ行って。(言っている内に乗客たちの足音が消えて、そこへ近づいて来る女の靴音と下駄の音)
金吾 ああ、春子さま、こっちでやす!
春子 (近づいて来ながら)あら、金吾さん!(後ろを振返って)鶴や、荷物はそのままでいいから、嬢やに気をつけてね。
鶴 はい、はい。
春子 しばらく、金吾さん。
金吾 はあー……(呆然として相手を見つめて立つ)
春子 ずいぶんお待たせしたんじゃありません? いろいろナニしてて、汽車が二つもおくれてしまって。お元気?
金吾 はあ、その……
春子 ホホ、私の顔に何か附いてて?
金吾 いえ――
春子 これ鶴や。こちらが金吾さん。
鶴 おはつにお目にかかります。よろしく――
金吾 はい、どうぞ――あのう、お二人さまだけで?
春子 あ、そう。私たちだけ。主人は後で来るの。あのね、荷物が、あすこに二つあるんですけど。
金吾 承知しやした。わしが持って行きやすから、向うのあの馬車にお乗りなして。(と自分はプラットフォームに出て重いカバンを二つ運びに行く)
若い女一 (駅前を通りかかった土地の女。連れの女にヒソヒソ声で)わあ、ごらん竹ちゃん、きれいなシトだなあ。まるで花みてえだ!
若い女二 ほんとに! 華族さんかなんかかな? なんと言う洋服だろ、あれ?
若い女一 どこさ行くのかな? ああ、あの馬車に乗るだな。
春子 (待合所の外の砂利を踏んで馬車の方へ。鶴の下駄の音もそれにつづく。マイクは彼女たちを追う)……ああ、ゴム輪の馬車にしてくれたわね。ありがたいわ。以前みたいに普通のだったら、どうしようかと心配していたのよ。ガラガラやられると嬢のオツムに響きやしないかと思ってね。
鶴 さようでございますか。
春子 これなら大丈夫だわ。あら、よく寝入ってしまったわね?
鶴 ゆれるので、かえってお気持がいいのでしょうか?
春子 鶴やくたびれたでしょう、重くて。さ、乗りましょう。(馬車に乗る。ギイギイと音。そこへ、カバンを持って金吾が近づき、そのカバンを馬車の上にのせる。ガタンというその音)
春子 金吾さん、ゴム輪のにして下すったわね。ありがたいわ。
金吾 はい、いえ。……なるべく前の方の、その座ぶとん敷いたとこにおかけになって。ええと……(改って、お辞儀をして)……お帰りなさいやし。
春子 え、なあに?(と言ってから、相手のリチギにホロリとして)……はい、たゞ今、帰りました。(しかし直ぐにおかしくなって笑いを含みながら)いえね、向うから帰って来て直ぐおたよりしようと思いながら、ツイ今までごぶさたしていて。二年ぶりになりますかしら、こちらに来るの?
金吾 いえ、ちょうど三年になりやす。
春子 そんなになるかしら?
金吾 馬車あ、すぐに出しやすか?
春子 どうぞ。
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金吾が馬車のたずなをほどき、馭者台に乗りこむ音。
[#ここで字下げ終わり]
金吾 おおら!(馬のひずめの音と、馬具のどこかに取りつけた土鈴が微かに鳴って、ギイと馬車が動き出す)
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小さい町の子供たちが二三人でヤーイと呼ぶ声。犬がちょっと吠える。――(田舎の小駅を囲んだ小さい町並みの感じ)――やがて町並を出はずれて、馬はダク足に駆けはじめる。
[#ここで字下げ終わり]
春子 あら、以前よりはずいぶん早いわね。
[#ここから改行天付き、折り返して3字下げ]
音楽 (第一回の馬車行の所で使ったのと同じものを使う。たゞし、こゝでは、あの音楽を二つに切って二回に使ってよろし。音楽の間、セリフなし)
[#ここで字下げ終わり]
春子 ねえ金吾さん。
金吾 はい?
春子 あの方、その後お達者? そら、かわいそう――壮六さんと言った?
金吾 達者でやす。よろしく申し上げてくれろって、はあ。
春子 そう。……いいわねえ、この辺は。山も川も以前の通りだし、住んでいる人たちも変らない。東京へんの変りようと言ったら。フランスに居る頃から私、今年の春もどって来てからも、まるで、目がまわるみたいだったわ。やっと私、ここに来て見るものがチャント見えるの。なんだか生れ故郷にたどりついたような、ヤレヤレと言った気がするの。
金吾 そうでやすか。……
鶴 奥様のお生れになったのが北海道の山の中で、この辺とよく似た所だとかって伺っていますから、キットそう言った――
春子 そうね、そのせいかもしれないけど――ごらん、鶴や、この下を流れて[#「流れて」は底本では「洗れて」]いるのが千曲川。向うの、あのそれ、ズーッと奥に、うっすり煙のかかった山ね。あれが浅間。
鶴 そうでございますか。きれいでございますねえ。私はこういう所は生れて初めてでして、なんか、夢でも見ているような気がいたします。
春子 そうね、私もはじめてこの辺に来た時には、そんな気がしたわ。頭はハッキリしていながら、なんか気が遠くなるような、ね。あれは学校を卒業する前の年だったから、ええと、もうあれで七八年になるわ。
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鶴に抱かれた幼児が半ば目をさましてクスンクスンとグズリはじめる。
[#ここで字下げ終わり]
鶴 おおよしよし。
春子 よちよち、敏ちゃん、そろそろ、おしっこじゃないかしら?
鶴 いえ、汽車を降りる直ぐ前におしめ代えましたから。ほら、直ぐまたおねんねです。(幼児グズっていたのをやめる)
春子 あら、寝んねしながら笑ってるわ、この子は。夢でも見てるのかしら?
鶴 そうでございますねえ。
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窓の外、かなり離れた川原で馬のいななく声。
[#ここで字下げ終わり]
春子 (そちらを振返って)ああ馬だわ。……仔馬は近ごろ居ないの、金吾さん?
金吾 仔馬でやすか? いや、いるにゃいやすけど、当才の奴ア、もうだいぶ大きくなっちまって。
春子 そう。……(鶴に)いえね、最初にここに来た時に――川原を飛びはねている小さな小さな仔馬を見たのよ。それを思い出したの。私がそれを見て泣き出したの。するとお父さまが――(言っている内に涙声になっていて、そこで、こらえきれなくなって言葉を切って泣き出す。)
鶴 ……奥様、どうなさいました。
春子 いいの、いいのよ鶴や。(涙声)あの時はノンキに歌なんか歌っていた春子が、今こうして敏子という赤ん坊持って、同じ道を、やっぱり金吾さんの馬車で行ってる。……お父さまがごらんになったら、なんとおっしゃっただろう?
鶴 でも奥さま、そんな事を今おっしゃっても――
金吾 あのう、どうかなさいやした――?
春子 (すこし笑って見せて)いえね金吾さん、昔のこと思い出して……そいで父のこと――(言っている内に又泣き出す)
鶴 (少しおさえた声で金吾に)いえね。お父様がパリでおなくなりになって――それを思い出しなすって。
金吾 え? す
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