閧ネ暮しをなすっているんでしょ? にくらしいわねえホントに! その、エハガキと言うのを見せてちょうだい金吾さん。
金吾 困るよ、そんな――
お豊 だって、そうなんでしょ?
金吾 なにが?
お豊 春子さんのためなんでしょうが?
金吾 だから、なにがよ?
お豊 あんたがおかみさん貰わねえのがよ? ……(返事なし。ビューと戸外の風の音)え、そうでしょ?
金吾 そんな――
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ヒューと戸外の風の音。やがてその音の中から男の叫び声が近づく。
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喜助 うわあ、ちしょうめ!(と、これは風をののしって)おおい、柳沢金吾う! やい、金吾う! ここ開けろいよう! 早く開けろうっ!
お豊 ……(声を聞きつけて金吾と顔を見合せていたのが)あら、壮六さんじゃないかしらん?
金吾 え、壮六――? ……(戸口に行く)
喜助 (外で)早く開けろう、阿呆め! 寒くてならねえわい、早く開けろう!(戸を蹴る)
金吾 (戸を開けながら)誰かね?
喜助 (ガタピシと押入るように土間に入って来ながら)わあ、なんしろ、えれえ雪だあ、降るのはやっとやんだが、見ろ膝っ小僧まで雪だらけだ。へっへ――誰でもねえ、喜助だあ、海尻の喜助だよう。しばらくだなあ、金吾!
金吾 喜助さんつうと、お前は、あん時の――?
喜助 そうよ、笹屋でおのしに取って投げられた喜助だい。へへ、今日はそのお礼を言いにやっち来たぜえ。
金吾 そらあ、しかし、あん時はお前があんまり壮六ば叩きなぐるもんで、見るに見かねて俺あ、ただナニしただけで別に悪気あ無かったこって――
喜助 へっ、悪気がなくて、どうしてシトのこと三間も投げとばせるけえ? はは、あん時あ俺あ、じょうぶ酔っていたからな、どんなあんべえで取って投げられたのか、わからんかった。今日はハッキリ勝負を附けべえ。まあま、急ぐ事あ無えや。覚悟うすえてユックラとやるべし。やれどっこいしょと。(あがりばなに腰をかける)
お豊 そいつは、しかし喜助さん、そりやムチャだわ
喜助 いよう、やっぱし来てたな、お豊、外から入って来てまっ暗だもんで見えんかった。どんなあんべえだ、キツネの談判は?
お豊 なによ、人聞きの悪い事言わんとおいて
喜助 そんでも、ここの金吾をだましに通ってるつうでねえかもっぱらの評判だぞ。あっはは!
お豊 そんな事どうでもええけど、いつかの叩き合いなら、あんたの方がよっぽど悪いよ、酔っていておぼえは無えかもしれないけど、なんでもねえ事言いがかりをつけて、馬流の壮六さんのこと、あんたあ、馬乗りになって、なぐつたと言ったら! アッと言う間に三、四十はなぐつた。そいで、金吾さんが、あんたを突き飛ばしただけだわよ。それを根にもって、こんな所にまで仕返しに来るなんてあんたもバクチの一つも打とうという人が量見の狭い話じゃねえの。
喜助 量見が狭いか広いか知らねえがこんで唯の仕返しじゃねえのだ。その証拠に、これを見ろ、ハッキリ勝負を附けた上からは、後はうらみっこ無しという事で一緒に飲もうと思って、こうして一升さげて来てるだ、な、いいか? そもそも俺も以前は宮角力では大関まで取った男だ。それがいくら酒えくらっているとは言うじょう、あんなにわけなく投げ飛ばされたと言うのが、どうにも腑に落ちねえのだ、角力四十八手の表にも裏にも、あんな手はおいら知らねえ。アッと言う間にオガラのように投げっ飛ばされて目えまわしたつうのだ。何がどうしただか、そこんとこが腑に落ちねえじゃ、どうにも気色が悪くって、おさまりが附かえのよ。さあ、やるべえ金吾、仕度しろい!
お豊 へえ、男なんて、おかしな事に血道をあげるもんだなし。
喜助 男だあ無え、喜助さまだ、血道をあげてるのは。俺あそったら人間だ。得心も行かねえで投げっ飛ばされっぱなしては、気色が悪くって、この喜助は人中に出られねえんだ。よ、金吾、この土間でやるか、それとも外に出るか?
金吾 こらえてくれろ喜助さん。わびろとあらばわびるからよ。
喜助 くそ、わびてなんぞほしかねえや! おのしも男だらず? だら、来いよ!
お豊 馬鹿だねえ、そんな――よしてちょうだいよう!
喜助 馬鹿は先刻承知だい! さ、来う!
金吾 こらえてくれ、あん時あ、壮六もお前も俺も酔っていただから――
喜助 ようし、だら、この酒え先きに飲んじまって酔った上でやるべし。さ! おい、お豊、その茶わん、取ってくれ。
お豊 (カチャリと音させて茶わんを出してやりながら)ホントに、そんな阿呆なことやめにして、気持よく飲んだらええ。(一升徳利のセンをスポンと抜いて、ゴボゴボと注ぐ)
喜助 おっと! そっちにも酌してくれ
金吾 弱ったなあ
喜助 弱ったと言うアイサツはあるめえ。グッと飲めい! さあ飲めい! ほらよ!(相手に無理につづけざまに飲ませて自分もゴクゴクと飲む)よ、お豊、お前も飲んでくれさあ!(と酌をする)
お豊 私あよござんすよ
喜助 よござんさねえよ、こんで、もともとの起りと言うは、お前だかんな、
お豊 へえ、どうして、さ?
喜助 しらっぱくれるのはやめにしろい。そうだねえか、先ず第一番にこの俺がお前におっ惚れてよ、あんだけ笹屋に通いづめて言うこときけ言うこときけで、いくらそ言っても聞かねえで、四十八センチぐれえの肱鉄砲くらわしときながらよ、そのお前が、どこが好いだかこの金吾に惚れちゃって、さていくら通って来ても、様子がいまだにモノにならねえくせえや。これ又片想いで、そこら中べた一面にイソのアワビだらけで、なんてまんがいいんでしょとくらあ、へっ! さ、もっと飲め、金吾!(金吾の茶わんに酒をつぐ)
お豊 まあ、ふふ!(と、喜助の怪弁に思わず笑う。金吾も失笑)
喜助 つまり、そのモツレだなあ、元はと言いば――と思っているのが、そこが畜生のあさましさだ。お前は大きに、この金吾に惚れている気でいるなれど、ホントはこの俺に惚れてんだぞ。人間自分の事あ自分にゃわからねえもんだ。かわいや、なんにも知らねえわやい、と言うのがあるんだ馬鹿、お豊、お前がホントに好きなのは金吾じゃなくて、この俺だぞ。気をつけろい!
お豊 そう、そりゃ、ありがたいわねえ。じゃま、私のホントに好きな人にお酌をしましょ。(と、この場の始末を笑い話にしてしまえそうなので、笑って言って酌をする)
喜助 (それを受けて)冗談いってんじゃねえんだぞ俺あ。まじめだぞ。イヤだイヤだと好きなだけ言ってろてんだ。もう一年もしたら、お前はチャーンと喜助の女房でおさまっているべし。てへへ……村の娘と畑の芋は、かぶり振り振り子がでける、と言ってな。てへへ、俺が予言をしておくぞ。俺あ今でこそ、へえ、バクチなんぞ打っているが、もとはと言えば、年期を入れた大工だ。そうなったら俺あチャーンと大工をかせいで、可愛がってやるからな。安心して、子供の十人も産めよ、てへへ。なあ金吾、どうだ?
金吾 はは、そうだそうだ。
喜助 そうだそうだなんずと、俺が酔って言うと思って心安く言うと聞かんぞ。てめえと勝負をつけるつうのは、まだ諦らめちゃいねえからな、……んだからよ、俺あ言ったんだ。野郎め、今日こそ白か黒か決着をつけべえと思って海の口で一升買って、ここさやって来てたら、水車の所で郵便屋の辰公がうしろから来て喜助さんどこさ行くと言うから、落窪の柳沢金吾をぶっ殺しに行くんだと言ったらよ、このトックリをジロジロ見やあがって、一升ばっちじゃ殺すわけにゃ行くめえなんずと言やがって、人の事、本気に取らねえや、シャラクセエ郵便屋め、そんで俺あ――(とベラベラやっている内にヒョイと思い出して)そうだっけ辰公がことづけやがったっけ、ええと、キレエなエハガキだ……(と、モジリの外とうのポケットをモガモガとさがして)ああこれだ。フランスはパリから柳沢金吾あてつう。この雪じゃおいねえから、お前そこい行くなら届けてくれと言やあがった。ほい、届けたぞ。(とエハガキを金吾に渡す)
金吾 そりゃ、すまんかった。どうも……
お豊 フランスのパリから――? 又その春子さんから来たのね、どれどれ?(と覗きこんで来る)
金吾 お豊さん、そのランプに、ちょっと火を入れてくれ。
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(言われるままにお豊が、わきの釣りランプにマッチをすって火をつける音)
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喜助 すっかりもう夜になったな。だけんど、外がイヤに明るくなったようだが、どうしただ?(ドシドシと土間に足音をさせて、戸をガタンと開ける)うわあ、まるでこりゃ、まっぴるまよりや明るいや。いつの間に、お月さんが出やあがったい! たあ! 吹雪いてると思うと、お月さんだ。どうしただい、気ちげえ天気め!
お豊 (ハガキの文句を読む)……きれいな字だねえ「私は主人と共にイタリイに、来ています。か、これがそのヴェニスの――」
金吾 いいよ(とハガキをひっこめ、ふところに入れる)
お豊 あら、読ませたっていいじゃないかな。じゃけんだなし。
金吾 そういうわけじゃねえけんどよ――
喜助 (振り返って)どうしただい? まあ来て見ろいつの間にか良いお月さんだ。雪に照りかえってキレイだと云っても!
お豊 くやしいねえ! 人の気も知らないでさ、主人とイタリイに来ています! よくまあ、そったら事を書けたねえ!
金吾 そ、そんな、そんな事あ無えと言ったら! そったらお前――そんな事を、お豊さん、言ってもらっちゃ困るんだ。
お豊 いえさ、その春子さんと言うのが、とにかく人間ならば、ですよ――あら、どうするの金吾さん、そんな冷酒を口飲みなんぞして、あんた――?(金吾が立ったまま徳利から口飲みをする音がゴクゴクゴクと聞える)
喜助 どうしたつうんだ? いよう金吾、やるなあ。よし、その調子で勝負をつけべえ! さあ来い!(これは張切って土間をドシンドシンと言わせる)
金吾 ふう!(と、あおりつけた酒の息を吹いてからカタンと徳利をあがりくちに置き、土間におりる)ちょっくら、俺あ――
喜助 さ、来るか!
金吾 喜助さん、かんべんしてくれろ!(言って、喜助のわきをすり抜けて戸外へ)
お豊 どうしたの金吾さん?(これも急いで下駄をつっかけて土間へおりる)
喜助 外でやるか? ようし、雪の上で取っ組み合いも、おもしれえ!(戸外に飛び出す。ザクザクと雪を踏む音。その時は既に金吾もザクザクと足音をさせてかなり遠ざかっている)……待て待て金吾! どけえ行くんだ? おーい!
お豊 (これも戸外に出て来ている)金吾さあん! どけえ行くのう! 金吾さあーん!
喜助 全体どうしたつうんだ、あん奴あ?
お豊 その、黒田さんの別荘さ行くのよ。おおかた。
喜助 え、黒田さんの別荘と? こんな晩になって、この雪ん中を、気でもふれたか? ああれ、見ろ足跡だけで、もう姿あ見えねえや!
音楽 (短かく)
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音楽やんで、すこし離た所から三味線の爪弾きの音。
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壮六 いや、もう酒あ、いらん。……そうだったのけえ。そこまで金吾が春子さまのことをナニしてるとは――それほどまでのナンだとは実あ俺も思っていなかった。豊ちゃん、お前の気を引いたりしたなあ、俺が悪かったかんべんしてくんな。
お豊 いえさ、わびたりされちゃ、私が困るよ。そりゃ金吾さんの事をナニしたのは、はじまりは壮六さん、あんたから言われたからの事だけんど、私あツイ本気であの人を好きになっていただからなあ。又、いい人だもの。いじらしいと言うか、いえさ、あんな気心の良い人を、それほど迷わせちまった春子と言う人が面憎くて、ようし、意地でも私が金吾さんをこっちい向かせて見せずと思い込んだのだわ。向うがどんな良い女だか知らねえが、私も女ごだ、チャーンと振り変えて、見返してやらず。そう思ったの。それがね……その、喜助と一緒に金吾さんの歩いて行った足跡が、裏白な雪の上にポツポツと点々になってるのば見ててね、フラフラとついて行って見る気になってさ……喜助さんも一緒について来たの、やけに明るいお月さんでなあ。二人でトットと附い
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