、これが佐久の街道?
勝介 そうだよ。
春子 すると、このへんズーッと佐久ね?
勝介 そうだ。どうかしたのか?
春子 草笛がちっとも聞えないわね、それにしちゃあ?
勝介 草笛と?
春子 島崎藤村よ。
勝介 ああ、藤村か。
春子 小諸なる古城のほとり、よ。
勝介 うんうん、昨日のぼった――
春子 いいえ、その詩にあるの、歌悲し佐久の草笛って言うの。
勝介 詩はお父さん、わからんよ。
春子 (朗詠の節をつけて)歌悲し佐久の草笛。

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(その詩の文句につづいて、トテートテー。トテトテ、トテーと明るいトボケタ音を立てて馭者がラッパを吹き鳴らす。それがあちこちの山肌にこだまして、さわやかに鳴りわたる)
[#ここで字下げ終わり]

春子 (びっくりして)あらら!
勝介 ほら、草笛のかわりにラッパだ、ははは!
春子 ひどいわあ!
壮六 (馭者に)おい、おい、おじさんよ!
馭者 (間のぬけたドウマ声で)あーん? なんだよう?
勝介 (壮六に)かまわん、かまわん。
壮六 (恐縮して)どうも、この小父さん、すこし耳が遠いんでして、はあ。どうも、もうちっとマシな馬車があるとよかったんで
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